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2018.10/04(THU)

大内宿(2018年10月 4日) 下郷町大字大内(会津西街道)




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三澤屋さんで「高遠そば」

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高遠そば
 慶長16年(1611)に江戸幕府第 2代将軍・徳川秀忠の四男として生を受けた保科正之は、庶子だったため、元和 3年(1617)に信濃高遠藩 3万石の藩主・保科正光の養子となり、正光の跡を継いで寛永 8年(1631)に同藩の藩主となり、寛永13年(1636)の出羽山形藩20万石への移封まで藩主をつとめた。蕎麦先進地の信濃国諸藩からの移封は江戸時代初期から頻繁にあり、正之もその 1人であった。高遠藩 3万石、山形藩20万石、会津藩23万石と石高が上昇し、家臣団や城下を削減することなく移封できた正之は、一方で蕎麦好きだったとされ、山形や会津に、そして第 4代将軍・家綱の補佐をしていた江戸にも蕎麦を広めたと考えられている。高遠藩からは徳川将軍家に寒ざらし蕎麦を献上する慣例もあった
 正之が会津転封の際に一緒に連れて来た蕎麦打ち職人から続く伝統の蕎麦は、正之が初めて藩主となった高遠藩に由来して「高遠そば」と呼ばれ、福島県会津地方に根ざしてきた
--引用・要約;「高遠そば」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』2018.07/04(水)22;39--
土津神社(2013.08/27)
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会津西街道(下野街道)【リンク・一覧】(2016.02/17)



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2018.10/04(THU)

塔の岪 南会津郡下郷町弥五島下タ林 5316




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とうのへつり
塔の岪
昭和十八年八月二十四日に国の天然記念物に指定され、百万年もの長い年月をかけて、浸食と風化を繰り返し見事な景観をつくりだした「塔のへつり」は、奇岩怪石が塔のようにそそりたち大川ラインの中でも最大の渓谷美である。
※ 「岪」とは、方言で断崖・絶壁・急斜面・・・
--現地の案内板から--

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・橋は「藤見橋」
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