カテゴリ:>江差町( 7 )

2018.05/30(WED)

江差追分会館・江差山車会館 檜山郡江差町字中歌町 193-3




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写真;2018.04/25
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ようこそ
江差追分会館・江差山車会館 へ
江差追分会館は、民謡「江差追分」や江差町に伝わる郷土芸能の展示施設です。「江差追分」の鑑賞や体験をすることもできます
  4月~10月末は、「江差追分」の日本一や師匠が唄うショーを1日3回開催しています
江差山車会館は、江差町のお祭り「姥神大神宮御祭」を紹介する施設です
館内には、現在も使用されている本物の山車(ヤマ)2台の展示とお祭りの雰囲気が映像で楽しめます
--現地の案内板から--
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この日、函館を出て北斗市中山峠の「二股口古戦場跡」に立寄り、稲倉石で「碧血碑」を見て、江差に着いて「開陽丸記念館」を見学
昼食は
ニシン蕎麦 会館隣の蕎麦屋さんで..
後、松ノ岱の「箱館戦争新政府軍墓地」にお参りをし、函館に戻る



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2018.05/09(WED)

島村亀吉墓・神勇蔵墓・藤田虎之助墓 江差町(松ノ岱)・護国神社




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 ここ江差の新政府軍墓地には 100前後(全く大凡)の墓碑が在る
写真;2018.04/25
島村亀吉墓
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・弘前藩 島村亀吉  士分/金東市の二男、島村仲の養子/城下代官町住/中山覚蔵隊/明治二年四月二十九日矢不来で傷、死/二十四歳/江差に葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
     *
神勇蔵墓
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・弘前藩 神勇蔵   筆弥の三男/城下古堀新割町住/笹権八郎隊銃士/明治二年四月二十九日矢不来で傷、のち死/二十五歳/江差に葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
     *
藤田虎之助墓
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・弘前藩 藤田虎之助 百石/城下馬屋町住/東八郎の子/旗手長から斥候長/明治二年四月二十九日矢不来で戦死/二十八歳/江差山上に葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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2018.05/09(WED)

高木左近衛門墓 江差町(松ノ岱)・護国神社




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写真;2018.04/25
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・岡山藩 高木左近衛門 糾武隊小隊長/明治二年四月二十四日自刃/二十九歳/江差町松ノ岱に墓碑/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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2018.05/07(MON)

川崎喜太郎墓・三上三蔵墓 江差町(松ノ岱)・護国神社




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川崎喜太郎墓
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・福山藩 川崎喜太郎 一番小隊/明治二年四月十三日天狗台場で戦死/江差町松ノ岱に墓碑
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
     *
三上三蔵墓
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・福山藩 三上三蔵  四番小隊/明治二年四月二十日木古内で戦死/二十七歳/江差町松ノ岱に墓碑/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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写真;2018.04/25



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2018.05/03(THU)

長州藩/駒井政五郎墓 江差町(松ノ岱)・護国神社




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写真;2018.04/25
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・長州藩 駒井政五郎  三十七石五斗、遠近付士/市右衛門の嫡子/慶応元年御楯隊長/二年芸州口で戦う/三年二月整武隊軍監/明治二年四月二十四日蝦夷二股金山で戦死/二十九歳/江差町松ノ岱と萩・保福寺に墓/贈正五位/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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2018.05/03(THU)

箱館戦争新政府軍墓地 江差町(松ノ岱)・護国神社




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写真;2018.04/25
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■ 護国神社
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明治 2年(1869)
四月
 日
  1
  2
  3
  4
  5 官軍々艦五隻、青森港から出て箱館山裏辺りに来る
  6
  7
  8 「見国隊」、鷲ノ木から箱館に入る。仙台の脱走兵凡四百八十人(隊長二ノ関源治、亜ぐ者は南条武蔵之助、風間喜太夫)旧幕臣三名なり
  9 青森港に着した官軍々艦八隻に長州、福山、伊州、備前、筑後と津軽松前大野其の外の約二千人余の兵が乗り込み乙部村(江差の北)に上陸
 10
 11 乙部に上陸した官軍の兵は三道に分かれ、江差よりaは松前、bは木古内間道へ、cは大野間道に入る
・・・・
箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)



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2018.04/28(SAT)

開陽丸(記念館) 檜山郡江差町姥神町 1-10




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写真;2018.04/25
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開陽丸
 近代国家として海防強化を目指す幕府にとり、1866年オランダのヒップス父子社で建造した開陽丸は最強の旗艦となった
 木造艦とはいえ、各所に鉄材を使い、主なロープにワイアを用いている。大砲も当初よりも増備している可能性が大きく、アメリカ南北戦争で活躍したダルグレン砲をも装備していた。なお、帆走時には煙突をちぢめスクリューを引き揚げる方式をとっている

  ・船型     シップ型 3本マスト・補助エンジン付き
  ・排水量    2590トン
  ・最大長    72.80m(バウスピリットを含む、81.20m)
  ・最大幅    13.04m
  ・吃水深    前部 5.70m 後部 6.40m
  ・帆面積    2097.8㎡
  ・補助エンジン 400馬力蒸気機関1基(トランク・スチームエンジン)
  ・速力     10ノット(汽走時)
  ・標準装備   大砲26門(うち18門は16センチクルップ砲)
          後に 9門が追加され35門。外に小型ブロンズ・ホーウィツェル砲など 8門
  ・乗員数    350~500人
  ・設計者    J.W.L.ファン オールト(van Oordt)
  ・造船所    ドルトレヒト市ヒップス・エン・ゾーネン造船会社(C.Gips en Zonen)
  ・起工     1863年 9月16日(文久 3年 8月)
  ・進水式    1865年11月 2日(慶応元年 9月)
  ・引渡し    1866年 9月10日(慶応 2年 8月)貿易会社
          1867年 6月22日(慶応 3年 9月)幕府
--現地案内板・パンフレットから--
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開陽丸記念館
 開陽丸は、江戸幕府が諸外国の海軍に対抗するため、江戸時代末にオランダで作られた軍艦です
 開陽丸は、江戸幕府に引き渡された後に起こった戊辰戦争で活躍しましたが、明治元年(1868)に江差沖で座礁・沈没しました
 昭和50年(1975)から昭和59年(1984)にかけて、水中での発掘調査が行われ、約3万3千点の遺物を引き揚げました
 平成2年(1990)実際の開陽丸と同じ大きさで復元した資料館で、大砲・砲弾・船具などの遺物を展示しています
--現地の案内板から--
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箱館戦争 1/2 (2014.10/07)
慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史 蝦夷の巻(第三巻)(2016.02/22)



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