柳川熊吉翁の碑

2018.05/09(WED)

柳川熊吉翁の碑 函館市谷地頭町 1




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写真;2018.04/24
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柳川熊吉翁の碑
 柳川熊吉は、安政 3(1856)年に江戸から来て請負業を営み、五稜郭築造工事の際には、労働者の供給に貢献した
 明治 2(1869)年、箱館戦争が終結すると、敗れた旧幕府脱走軍の遺体は、「賊軍の慰霊を行ってはならない」との命令で、市中に放置されたままであった。新政府軍のこの処置に義憤を感じた熊吉は、実行寺の僧と一緒に遺体を集め同寺に葬ったが、その意気に感じた新政府軍の田島圭蔵の計らいで、熊吉は断罪を免れた
 明治 4年、熊吉は函館山山腹に土地を購入して遺体を改葬し、同 8年、旧幕府脱走軍の戦死者を慰霊する「碧血碑」を建てた。大正 2(1913)年、熊吉88歳の米寿に際し、有志らはその義挙を伝えるため、ここに寿碑を建てた
     函館市
--現地の案内板から--
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碧血碑(2018.04/27)



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by mo20933 | 2018-05-09 13:58 | >函館市 | Comments(0)