柴邸跡

2016.05/21(SAT)

柴邸跡 会津若松市城前 7




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以下、現地の案内板から

まちに歴史あり
-会津の先人たちー
柴 四朗(しばしろう)/嘉永5年 -大正11年(1852 -1922)
 日新館に学び戊辰戦争に参戦。敗戦後は学問を志し明冶12年に渡米、ハーバード、ペンシルバニア両大学で政治学と経済学を修めます。明冶18年、東海散士のペンネームで「佳人之奇遇」を著しベストセラーとなります。一方、ジャーナリスト、政治家としても活躍しました。代議士当選8回、大隈・板垣内閣では農商務次官、外務参事官に就任、大正4年には外務参政官をつとめ活躍しました。
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柴 五郎(しばごろう)/万延元年 -昭和20年(1860 -1945)
 柴四朗の弟、福島県初の陸軍大将となりました。戊辰戦争では母、妹が自刃、五郎はわずか8歳で下北の斗南藩へ流され草や木の根まで食べるような苦しみを味わいます。軍人として最高位にまで昇りつめた五郎がその不屈の生涯を書いた「ある明冶人の記録」は、明治に生きた日本人、会津の人々の心を知る記録として今も永遠のベストセラーとなっています。
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 会津藩、二百八十石、柴太一郎の屋敷跡である
柴四朗・柴五郎の墓(2015.10/16)



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

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by mo20933 | 2016-05-21 12:41 | 会津若松市 | Comments(0)