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維新の最大疑獄

2016.03/19(SAT)

慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史 奥羽の巻(第ニ巻)/維新の最大疑獄
近代デジタルライブラリー




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 以下は、明治元年(1868)、孝明天皇の良き相談相手であったと云う中川宮(久邇宮朝彦親王)が、慶喜と通じ陰謀を企てたとの嫌疑をかけられ広島藩お預けとされた件である
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奥羽の巻(第二巻)
【コマ 404】
維新の最大疑獄
 奥羽の戦場に、白河陥ち、棚倉陥ち、岩城敗れて、二本松も崩れしと雖も会津若松未だ抜けず、仙台尚遠く、庄内は秋田に迫り、南部頑強にして、奥羽戦争の勝敗さい予知する能はず、天皇愈東行御親征に就き給ふ頃しも、時は八月、京都には流説紛々として、中川親王の険謀画策は喧伝せられたり。曰く、中川宮の御使は、窃かに関東に忍び、徳川浪人に通じて、不軌を謀ると。路頭愈喧騒を極めて、その紀州藩は既に不軌を謀る、事皆中川宮に通ずと。耳語相伝へて飛報は江戸に到り、而して曰く、紀州、水野等中川親王を奉じ、薩長二藩を討伐の画策ありと。東西瀕々、中川宮を中心として、不穏
【コマ 405】
の巷噂となりたり。されば一大捜査は中川宮の身辺に當りて、暗々裏に監視を注ぐと共に、一方には真否糺問と云ふ名目を以て、薩長の巨魁たる岩倉具視の麾下なる、大原重徳卿を勅使と云ふ肩書にて、中川宮邸に、膝詰談判を開始したり。大原即ち中川宮に突進するに當りて、一通の書附をば、是を隠謀の証拠物件として持参するなり。
 惟ふに、中川宮は二條齋敬と共に、徳川の大政返上以来は、専ら謹慎を旨とし、薩長の新政体も千里の遠きに傍観しつヽ、やがて廻り来る時運を待ちて、幽かなる閑日月を暮し越せしもの、されば世事に遠き身の、卒然この噴問を受くるは、全く寝耳に水の観あるなり。
 大原が強制威壓の論議は峻烈を極む。されど隠謀の根跡なき中川宮は、良心に従ひ、正理の命ずる所、大に抗弁する所ありけるが。大原が持参の書附には、既に中川宮の姓名あるのみならず、更に押捺の印影もあるなり。論議は印影の真否如何に帰着したるを以て、宮も黙し難く、慨然として是を論駁して曰く、然らばその確証を示して、予が責任を明かにせむと。その所謂大原が、持参の謀叛書附の印影と、宮が日々に使用する実印をば、是を対照せしめて、相違あるを示されき。有繫(さすが)の大原も事茲に至りて、呆然たり。大原一時は眩惑したれども、左右の言説朦朧に托し、無理を通して遂に巻き込み痛はしくも、不軌の罪名に服さしめたりとかや。而して其後の経過を見れば中川宮は謀叛を理由として、流罪に処せられたるは疑ふ可
らず。

兼テ御不審ノ筋アリ、参朝ヲ止メ、謹慎被仰付置候処、近頃不軌ヲ謀リ、徳川慶喜等ニ密使差遣、内応スヘキ陰謀露見ニ及ヒ、勅使ヲ以テ、御糺問相成、無相違旨言上、容易ナラサル所為甚以テ不届至極ニ付、厳重ノ御沙汰ニ可被及筈ニ候ヘ共、格別ノ叡慮ヲ以テ、安芸藩ヘ御預被仰付候事。

 御沙汰書是なり。思ひは幕末の政局に當りて、精意国事に奔走したる中川宮は、謹慎蟄居、暗雲より隠退したる今日此頃や、突然にも不軌の罪名を以
【コマ 406】
て、安芸藩に檻送せらるヽに至る。當時京都に在りて、よく中川宮の性格を拝承する者(新撰組流浪記)、この流罪処分を批評して曰く、これ冤罪なり。中川親王をして、流罪に処すべき事情は、多々理由の在りて存するなり。(一)幕末に於ける公武一和論者として、薩長の激論手段を妨害したる果報なり。(ニ)新政府は藩閥を以て独占したる結果、目前に忌断すべき危険人物は、多々ある所より、是を除去する精神に於て、親王を貶する必要あり。(三)薩長が愈天下に令するに至るや、共に伏見宮の御生れにして、而かも御兄弟なる、山科宮を奉載するを以て、政見相反する久邇宮(中川宮)の行く末は頗る不安なり。かヽる所より中川宮を片付けざるべからず。
 右は中川宮流罪の根本理由なりとかや。是れ果して事実とせむか。宮の御境遇こそ、気の毒の至りと云ふべし。蓋し幕末に於ける、公武一和と云ひ、佐幕と云ふはみな當時の政治組織に見て、一個の政見にして、時の天下と其見を同ふしたるもの、さればこれに奔走するは、敢て咎む可きなし。果して然らは、其時代に於ては、激論政策なるものも、同一なる政見論たるに今や激論黨か、一朝にして自家に権を握りしとて、過去の経歴を現在に律するは断じて不可なり。惨虐の誹りを免る可らず。その会津追討と云ひ、庄内追討と云ひ、當時に於ける薩長の當路政官は、幾分宿怨を有し、公道を踏むに私心を混入したる嫌なき非ず。
 人は云ひり。中川宮の流罪事件は、維新史上の最大疑獄にして、果たして不軌の陰謀ありや、否や、頗る疑問事なるを以て、當時要路の薩長人には、此疑獄事件に付、一応の弁解を浴すと。噫々。
--引用・要約;「慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史」/近代デジタルライブラリー--
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慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史(目次)(2016.02/22)



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