山鹿素行誕生の地

2015.06/07(SUN)

山鹿素行誕生の地 会津若松市山鹿町1-25




c0185705_20465696.jpg

写真;2015.06/07
--------------------
以下、現地の案内板から
やまが そこう
山鹿素行誕生の地
 山鹿流の兵学をおしえ、いわゆる赤穂四十七士の生みの親ともなったことで余りにも有名で、元和八年(1622)八月十六日この地、町野左近の邸内に生まれました。時の会津藩主は蒲生忠郷(氏郷の孫)でありこの辺一帯は武家屋敷がたくさん並んでいたところです。素行は通称を甚五左ヱ門といい、父貞以が伊勢亀山から会津に来た年に生まれたといわれます。六歳の時、父に従って江戸に出て、九歳で林羅山の門に入り儒学・国学・神道・兵学の奥儀をきわめ、特に兵学においては山鹿流の一派をなすに至り、その名声は天下にとどろきました
 なお、現在の碑は大正十五年(1926)四月、東郷平八郎の書によって建立されたものです
--------------------
c0185705_19365082.jpg

--------------------
以下、(鶴ヶ城通りまちなみ協議会資料)から抜粋

 素行の偉大な功績は、思想家(儒学者・古学者)として、それまでの学問であった朱子学(12世紀の中国の道徳教育)に代えて、太平の世の武士のあるべき姿を具体的に解いた、いわゆる「武士道の精神(忠・信・義)を確立した」ことである。その教えは幕末の吉田松陰や明治の乃木大将、大正・昭和の東郷平八郎らへと続いた
 また、兵学者としては三十一歳のとき赤穂藩に認められ千石で八年間仕え、その時独自の兵学山鹿流を完成させ、赤穂浪士の生みの親と言われる
 文武両道を極めた人としての正しい道を確立した教えは、今なお日本人の道徳の基礎として私たちに引き継がれている
--------------------



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
by mo20933 | 2015-06-07 19:22 | 会津若松市 | Comments(0)