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2019.07/18(THU)

なんじゃもんじゃ 栃木県那須塩原市一区町(旧西那須野町)




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なんじゃもんじゃ
栃木県那須塩原市一区町(旧西那須野町)
写真;2019.07/18
※ 裏手に在る大木がなんじゃもんじゃだと思っていたが、どうも違うようだ。町が指定していたものは枯れてしまったようだが、後継木は..?

 なんじゃもんじゃは、ハルニレの木で旧西那須野町の天然記念物に指定(推定樹齢1000年)されていたが、昭和55年(1980)に枯死してしまった
 「なんじゃもんじゃ」のいわれは、水戸光圀がこの木の下で休憩した折、地元の人に木の名を聞いたところ誰も知らなかった。それで「なんじゃもんじゃと名付けるとよい」と言われたことによるそうだ

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この「なんじゃもんじゃ」脇を通るのが
旧日光北街道
 この道は、大田原と日光(約四十二キロメートル)を結ぶ旧街道で、寛永十三年(一六三六)に開かれたという。江戸時代の俳人松尾芭蕉が、奥羽へ行く途中通った道といわれている。
--現地の案内標柱から--

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2019.07/05(FRI)

朝比奈茂吉 郡上藩 凌霜隊隊長




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--引用;矢野原与七・凌霜隊戦記「心苦雑記」郡上史料研究会・野田直治、白石博男編 昭和44年5月31日発行--

一、江戸出発
二、小山戦争
三、宇都宮戦争
四、塩原駐留
五、横川戦争
六、大内戦争
七、関山戦争
八、若松城下へ
九、若松城に入る
一〇、降 伏
凌霜隊(名簿)




2019.05/09(THU)

板垣退助 2019.05/08 NHKtv「歴史秘話ヒストリア」




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 2019.05/08 NHKtv「歴史秘話ヒストリア」
 板垣退助
写真;2019.05/08 tv画面から
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迅衝隊
前列左から ・伴権太夫・板垣退助(中央)・谷乙猪(少年)・山地忠七
中列    ・谷神兵衛・谷干城(襟巻をして刀を持つ)・山田清廉・吉本平之助祐雄
後列    ・片岡健吉・真辺正精・西山榮・北村重頼・別府彦九郎
--引用・要約;「板垣退助」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』2019.05/08(水)14;49--
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2019.05/07(TUE)

西郷四郎 会津若松市東山町・会津武家屋敷




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姿三四郎のモデル
西郷四郎
1866~1922(慶応2年~大正11年)

 山嵐という得意技で無敵を誇り、戊辰戦争の余韻が残る明治中期に忽然と現れた天才柔道家西郷四郎は、会津城下で生まれ、今の新潟県津川町に移住後明治15年に上京、嘉納治五郎創設の講道館に入門した。同19年には五段に昇進し、講道館四天王の一人と謳われた。「その得意の技においては、幾萬の門下いまだその右に出るものなし」と嘉納も絶賛したのである。
 そもそも四郎は、会津藩士志田貞二郎の三男であったが、歴史上の奇縁というべきか、明治17年に保科(西郷)頼母の養子となり、同21年に西郷家を再興、ここに西郷四郎の誕生となった。柔道界に伝説を残した四郎であったが、入門から8年を経た明治23年、突如講道館を去り進むべき道を模索、曲折の末長崎に居を構え、東洋日の出新聞の編集責任者として活躍するが、病気療養中の広島の尾道で大正11年12月22日、波瀾万丈の生涯を閉じた。57歳であった。
 柔道のみならず、四郎は、槍術、居合術にも秀で、弓道は奥義を極めていた。そんな四郎をモデルに、夏目漱石は「坊ちゃん」に山嵐を登場させ、富田常雄は小説「姿三四郎」を発表し空前の大ヒットとなる。また、あの黒沢明監督のデビュー作も「姿三四郎」だったことはあまりにも有名である。
 見えぬ糸で結ばれ、共に数奇な運命を歩まなければならなかった西郷頼母と四郎、その縁に従い、復元された家老屋敷の門前に四郎の像を建立し、長くその足跡を称えるものである。
--会津武家屋敷/西郷四郎の像案内板から--

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写真;2019.05/03 加工
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西郷頼母近悳(2019.05/04)




2019.05/04(SAT)

西郷頼母近悳 会津若松市東山町・会津武家屋敷




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二十一人之墓(善龍寺)(2016.07/21)
西郷頼母邸跡(2015.06/12)