2018.07/03(TUE)

駐蹕碑 那須塩原市関谷 384-3




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ちゅうひつひ
駐蹕碑
關谷小學駐蹕碑 元帥陸軍大將正三位大勲位功一級公爵山縣有朋篆額
下野國鹽谷郡箒根村鄕紳來請曰本村關谷小學在鹽原温泉近傍
今上天皇在東宮以來鹽原往返必休憩自明治三十五年八月至大正二年九月凡二十度本村及小學之光榮何者加之因欲建碑
表 聖跡於萬□幸□銘嗚呼毅以侍講屢扈從本學今得掛名碑
尾榮亦大矣乃繫銘曰
 小學之多 天下千萬 何□此學 恩榮不斷 屈指二十
 假爲行殿 鳳輦鶴駕 霞燦雲爛 斯恩斯榮 何以報獻
 □勅在學 誦夕讀旦 忠君愛國 爲天下冠
大正三年七月
    宮内□員從三位勲二等文學博士三島毅謹撰
    内大臣秘書官從五位勲四等日高秩父謹書
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 大正天皇が東宮(皇太子)時代の明治三十五年(1902)七月から大正二年(1913)九月までの間に塩原に訪れた際、当時の関谷小学校にお立ち寄りになられたのを記念し、大正三年(1914)七月に校地に地元有志により建立された碑です。撰文は東宮侍講の三島毅、揮毫は東宮御学問所御用掛の日高秩父、篆額は枢密院議長山縣有朋です
 三島通庸の新道開発(塩原新道)の結果、塩原を訪れる人とともに別邸を構える人が増え、三島通庸も塩原の地に別邸を建設しました。この三島別邸が皇室に献上され、塩原御用邸となり、昭和二十一年(1946)に厚生省に移管されるまで、皇室の避暑地となりました
 本石碑は、塩原と皇室のかかわり、三島通庸の道路政策の一端を窺うことができる貴重な資料です
--引用;那須塩原市hp[市指定文化財]から--
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天皇の間記念公園(2012.08/29)



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2018.06/27(WED)

明治新政府軍反撃開始(箱館戦争)




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 ・明治二年(1869)
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         やまだあきよし
新政府軍 海陸軍参謀、山田顕義
・・・
 四月九日、新政府軍は江差の北方約10キロの乙部村へ続々と上陸を開始した
 海陸軍参謀、山田市之允(顕義)が率いる第一陣には領地奪回に燃える松前藩の兵士達が先頭をきって上陸、脱走軍の江差守備隊が急行したが新政府軍の軍艦から艦砲射撃を受け敗走した
--五稜郭タワー・案内板から--
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山田顕義・黒田原開拓の資料館(2015.09/23)



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2018.06/20(WED)

箱館戦争史跡・リンク




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箱館戦争史跡(一部)・リンク
 1 森町   鷲ノ木  榎本軍鷲ノ木上陸地跡(2018.04/27)
 2 函館市  五稜郭町 五稜郭(2018.04/30)
 3 江差町  姥神町  開陽丸(記念館)(2018.04/28)
 4 函館市  谷地頭町 碧血碑(2018.04/27)
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  箱館戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/07)
  箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)
  箱館戦争史跡ほか【リンク・一覧】(2018.05/09)



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