2017.05/20(SAT)

鮎沢伊太夫墓 水戸市松本町13-34・常磐共有墓地




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写真;2017.05/17
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鮎沢伊太夫 国維
水戸藩(常陸・三十五万石・徳川氏・三家)
高橋多一郎の弟/鮎沢正行の養子/七十五石、弘道館舎長、勘定奉行/明治元年市川勢と交戦後京都に潜伏/明治元年帰国して十月一日水戸城で戦死/四十五歳/水戸常磐墓地に墓/贈従四位/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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和田峠の戦闘(2017.01/29)
常磐共有墓地



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2017.05/20(SAT)

蓮田一五郎墓(碑) 水戸市松本町13-34・常磐共有墓地
桜田門外事件(万延元年三月三日)




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写真;2017.05/17
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蓮田市五郎 正実
水戸藩士/宗道の子/寺社方手代/安政六年勅書返納阻止のため江戸で運動/万延元年三月三日桜田門外で傷・脇坂邸に自訴、文久元年七月二十六日伝馬町獄で斬/二十九才/東京荒川区・回向院と水戸・常磐墓地に墓/贈正五位/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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常磐共有墓地



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2017.05/20(SAT)

杉浦羔二郎墓 水戸市松本町13-34・常磐共有墓地
天狗党その二(慶応元年以降)




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     こうじろう
杉浦羔二郎 政安 水戸藩士
総左衛門の二男/六百石、寺社奉行から執政/尊攘運動のため、しばしば謹慎処分/元治元年筑波党に関与し、慶応元年十月入獄、二年七月十二日獄死/四十四歳/水戸常磐墓地に墓/贈正五位/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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常磐共有墓地



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2017.05/20(SAT)

藤田小四郎墓 水戸市松本町13-34・常磐共有墓地
天狗党その二(慶応元年以降)




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写真;2017.05/17
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藤田小四郎 信 水戸藩士
東湖の四男/文久三年二月上京の機に諸藩の志士と交わる/帰藩後攘夷挙兵を推進、田丸稲之衛門を説いて元治元年三月筑波山に挙兵、連戦ののち西上、降伏/慶応元年二月四日敦賀で斬/二十四歳/墓は水戸常磐墓地/贈従四位/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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常磐共有墓地(水戸市指定史跡)
 この墓地は、寛文六年四月(西暦一六六六年)、水戸徳川家第二代藩主徳川光圀公(諡義公)より家臣に賜った墓地であります。光圀公は、生涯の大事業とされた修史の編纂「大日本史」を通して、我が国の皇道精神の発揚と水戸教学の源流を開拓し、王政復古への大業の指南となられたことは遍く知られたところでありますが、一方、藩政においても、諸制度の整備、士風の育成、民生の安定、産業経済の振興、城下の市政等高邁な識見により仁政を施されました。就中、宗教界の混乱には深く憂慮され、神仏習合を禁止して迷信邪教淫祠を打破し、純正な信仰を打ち立てようとして、寺社の改革を断行されました。その一環として葬祭の簡素化を図り、家臣に仏式の葬礼法要に対して自葬祭を勧め、「喪祭儀略」を編集して、葬祭の仕方を教え、墓石の大きさ、形までも規定して、切に奢侈に流れぬよう戒められました。爾来三百有余年私どもはこのご下賜の趣旨を堅く守り、特定の寺院に属さない諸宗の共有墓地として今日に至っております。
 墓地には、先賢志士、贈正四位安積澹泊先生並びに贈正四位藤田東湖先生を始め、水戸藩士壱千有余の御霊が□□れ、四季香花の絶えることのない霊地であります。
     常磐共有墓地管理委員会
--現地の案内板から--
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藤田小四郎之像(2017.05/18)



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2017.05/18(THU)

昭和天皇御製 筑波山・ケーブルカー山頂駅附近




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昭和天皇御製
はるとらのを ま白き花の 穂にいでて
     おもしろきかな 筑波山の道


この御製は、昭和六十一年正月に発表された昭和天皇のお歌で、昭和六十年四月二十六日筑波山に行幸、ご登拝遊ばれた折、お詠みになったものです。
東京都東久留米市南沢の篠宮日出一氏よりの御浄財を基に、平成十九年の「昭和の日」施行を記念して、平成十八年九月一日、筑波山神社氏子総代会によりこの御製碑が建立されました。
     *
  「筑波山に想いを寄せて」
  霊峰筑波に魅せられ 崇め続けて四十数年古稀近し
     篠宮日出一
--現地の案内板から--
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道程元標 海抜八〇〇米
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2017.05/18(THU)

藤田小四郎之像 茨城県つくば市・筑波山神社




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藤田小四郎之像
幕末期、水戸藩九代藩主斉昭、烈公ノ重臣藤田東湖ハ水戸学ノ理念デアル尊王正気ニ力ヲ尽クシ、諸国忠士ノ尊敬比ナキ碩学ノ人デアツタ。第四子ニ小四郎アリ。父ノ教ヱヲ守リ、常陸府中(現石岡市)ニ根拠ヲ設ケ諸国ノ同志ヲ募リ、元治元年三月二十七日府中若松八幡ニ集マレル同志七十四名ト共ニ関東ノ秀峯筑波山ニ登ル。尊皇攘夷倒幕ノ狼煙ヲ挙ゲ天下ノ耳目ヲ驚カセ諸国同志ノ激発決起ヲ促シタガ、時ニ利非ズ。参シタ者八百有余人ト共ニ京都ニ赴キ事ヲナサント謀リシガ、幕軍ノ為ニ越前敦賀ニテ処刑、時ニ齢二十三歳ノ弱冠也。世ニコレヲ水戸天狗党ト呼ンダ。コノ挙兵ニヨリ徳川幕府ノ瓦解ヲ十年早メタト言ワレテイル。明治維新ノ先駆者藤田小四郎ヲ顕彰シ像ヲ建ツ。
     平成二年九月十五日
     水戸郷土史家 安蔵桜水/茅根三郎
--像台座のプレートから--
※ 神社入り口の西側にある
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筑波山神社
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カテゴリ:水戸天狗党
藤田小四郎墓(2017.05/20)



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2017.05/07(SUN)


会津西街道から分岐・塩原への道 日光市上三依
上三依水生植物園附近




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会津西街道から分岐・塩原への道
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 沢沿いを上流へと進み、尾頭峠を経て塩原に達する(写真の沢手前に"文政六銘石造道祖神"がある)
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