2017.08/25(FRI)

八雲神社 那須塩原市(西那須野)石林 795・乃木神社




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鎮座記録
八雲神社は従来石林部落中央路上に建立せられしものを乃木神社の好意により神社境内地に御遷宮再建す
  昭和四十六年二月吉日/石林氏子一同
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2017.08/25(FRI)

乃木清水 那須塩原市(西那須野)石林 795・乃木神社




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乃木清水
 那須野が原の湧水地は、1961年(昭和36年)の農林水産省の調査では157箇所もあったと言われてますが、現在は少なくなってしまいました。その中で乃木清水は今でも水をたたえています
 この湧水は、明治時代の軍人乃木希典を祀った乃木神社の裏手に位置し、乃木清水として親しまれています。5月頃から1月頃にかけて湧き出て、下流の農地を潤しています
 乃木将軍は一生の軍人生活の中、4回軍職を退き、この地の農場に農家建の別邸をかまえ、農耕生活を楽しみました。清水を大変愛した乃木将軍は明治天皇に拝謁したとき、「農場に何か自慢があるか」と訪ねられ、「清水のすばらしいものがございます」とお答えしたそうです。また、毎朝清水で顔を洗うとき、こんこんと湧き出る清水をもったいないといって、コップ一杯しか使わなかったと言われています
 乃木神社境内には、乃木清水のほか、乃木別邸、農具舎、静池もありますので、是非散策して下さい
--現地の案内板から--
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2017.08/22(TUE)

御薬園(三層塔) 会津若松市花春町 8-1
国指定名称会津松平氏庭園/戊辰の戦いをくぐりぬけ残った庭園・江戸時代の御殿




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三層塔
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御薬園(重陽閣)(2017.08/18)
御薬園(楽寿亭)(2017.08/18)
御薬園(2017.08/18)
御薬園(薬用植物標本園)(2017.08/20)



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2017.08/20(SUN)

御薬園(薬用植物標本園) 会津若松市花春町 8-1
国指定名称会津松平氏庭園/戊辰の戦いをくぐりぬけ残った庭園・江戸時代の御殿




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薬用植物標本園
 寛文十年(1670)二代藩主保科正経は貧しい領民を疫病から救い、病気の治療を施したいとの願いから、園内に薬草園を設け各種の薬草栽培を試みました
 貞享年間(1684~87)三代藩主松平正容が幕府から人参種子を譲り受け、園内に試植しました。幕府から下付されたので朝鮮人参のことを御種人参と呼ぶようになりました
 この御種人参を栽培し、広く民間に作付けを奨励したことから「御薬園」と呼ばれるようになりました
 現在、約400種類の薬草薬木を栽培しています
--現地の案内板から--
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会津藩籍田跡
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写真;2017.08/17
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御薬園(重陽閣)(2017.08/18)
御薬園(楽寿亭)(2017.08/18)
御薬園(2017.08/18)
御薬園(三層塔)(2017.08/22)



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2017.08/18(FRI)

御薬園 会津若松市花春町 8-1
国指定名称会津松平氏庭園/戊辰の戦いをくぐりぬけ残った庭園・江戸時代の御殿




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写真↓;庭園の一部"枯沢"・2017.08/17
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名勝 会津松平氏庭園 昭和七年十月十九日指定
 旧会津藩松平氏の別荘で、もと藩の薬園のあったことから「御薬園」の名で親しまれている。庭園の築造年月は明らかでないが、江戸時代中期の作庭手法をよく伝えている
 中央に池を広くとり、中島をおき茶亭を設けて楽寿亭(らくじゅてい)と称する。池の奥、右に男滝左に女滝がある。後方に低い築山を設けて、東山連峯の風景を豊かにとり入れ、また石敷路をたどって池畔をめぐる風致も変化に富んでいる
 江戸時代の大名庭の形式による山水庭として優れた庭園であり、文化財保護法による名勝として保護されている
     文化財保護委員会/財団法人会津保松会
--現地の案内板から--
     *
・御茶屋御殿 ※工事中のため写真無し
 会津戦争(戊辰戦争)のとき、御薬園は新政府軍の治療所として使用された。そのため御茶屋御殿・楽寿亭は焼失を免れた
     
御茶屋御殿 元禄9年(1696)建
 主に藩主の休息の場として利用された。上ノ間、次ノ間、扣ノ間からなり、質素を旨とする藩主の意図から規模狭小、古木素材を用いている
 戊辰戦争の時には、新政府軍の療養所となり、後に九代藩主容保(かたもり)も、ここを住まいとした
※扣ノ間(ひかえの間か?)
--現地の案内板から--
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・御薬園 鳥瞰図
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御薬園(重陽閣)(2017.08/18)
御薬園(楽寿亭)(2017.08/18)
御薬園(薬用植物標本園)(2017.08/20)
御薬園(三層塔)(2017.08/22)



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2017.08/18(FRI)

御薬園(楽寿亭) 会津若松市花春町 8-1
国指定名称会津松平氏庭園/戊辰の戦いをくぐりぬけ残った庭園・江戸時代の御殿




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写真↓;2017.08/17
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楽寿亭 らくじゅてい/元禄9年(1696)建
藩主や藩の重役たちが、納涼・茶席・密議などのために用いた。「楽寿亭」の名は、三代藩主正容によって命名された。北側の濡縁には戊辰戦争の際の刀傷が今も残る
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御薬園(重陽閣)(2017.08/18)
御薬園(2017.08/18)
御薬園(薬用植物標本園)(2017.08/20)
御薬園(三層塔)(2017.08/22)



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2017.08/18(FRI)

御薬園(重陽閣) 会津若松市花春町 8-1
国指定名称会津松平氏庭園/戊辰の戦いをくぐりぬけ残った庭園・江戸時代の御殿




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秩父宮妃勢津子殿下と御薬園・重陽閣
 秩父宮妃勢津子殿下は、藩主松平容保公の四男で初代参議院議長をつとめられた松平恒雄様、信子様のご長女として明治四十二年(1909)九月九日、重陽の節句に英国でお生まれになりました。十九歳の時に昭和天皇の直ぐの弟宮・秩父宮雍仁親王殿下とのご縁組みが整い、昭和三年(1928)九月二十八日にご成婚の儀がとり行われました
 このご婚儀は会津にとって大変に大きな意味を持つものでした。京都守護職として孝明天皇の篤いご信任をいただいたにも拘わらず、戊辰戦争以来実に六十年いわれなき汚名に悔しい思いを禁じ得なかった会津の人々は、このご慶事により新しい夜明けを迎えると、まさに狂喜ともいうほどの慶びに沸き立ったのです
 ご結婚の報告に帰郷された時の宿となった東山温泉新滝旅館では木造二階建ての別棟を新築、この建物が昭和四十八年ゆかりの地御薬園に移築された「重陽閣」です
 現在、重陽閣向かって正面左手には妃殿下お手植えの松が、また右手には御顕彰碑があり、二階には妃殿下の数少ない御真筆の扁額があります
--現地の案内板から--

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     *
秩父宮妃勢津子殿下
 秩父宮妃勢津子殿下は、明治四十二年九月九日、重陽の節句に、旧会津藩主松平容保公の四男で後の初代参議院議長松平恒雄様、信子様(侯爵鍋島直大息女)の長女として英国ロンドンにてご誕生になりました
 女子学習院からワシントンのフレンド・スクールに学ばれ、御年十九歳の時、畏くも皇太后陛下の思し召しにより昭和天皇の直ぐの弟宮秩父宮雍仁親王殿下とのご縁組みが調い、ご本家の子爵松平保男姪としてご入籍、お名前の節子を勢津子に改められ、昭和三年九月二十八日ご成婚の儀がとり行われました
 京都守護職として孝明天皇の篤いご信任をいただいたにも拘わらず、戊辰戦争以来実に六十年いわれなき汚名に悔しい思いを禁じ得なかった会津の人々は、このご慶事により新しい夜明けを迎えると、まさに狂喜ともいうほどの慶びに沸き立ったのであります
 こうして皇室に入られた妃殿下は、よく宮様を支えられ直宮妃としての責任を果たされました。昭和二十八年雍仁親王殿下薨去の後も、日英協会名誉総裁、結核予防会総裁、日本赤十字社名誉副総裁等をお務めになり、国際親善、社会公共のために尽くされました
 妃殿下は晩年、回想記『銀のボンボニエール』をお書きになりましたが、信頼と愛情に結ばれた宮様への熱い想いは読む者を感動させ、心のふるさと会津に寄せられる深いお気持ちを表す文字が心を打ちます
 平成七年八月二十五日、御年八十五歳のご生涯を閉じられました
 ここに秩父宮妃勢津子殿下の凛として気品溢れる彫像を拝してご遺徳を追慕し、末永くご功績を語り継ぎたいと思います
     秩父宮妃勢津子殿下記念事業委員会
     平成十五年九月七日建立
--現地の顕彰碑から--

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御薬園(楽寿亭)(2017.08/18)
御薬園(2017.08/18)
御薬園(薬用植物標本園)(2017.08/20)
御薬園(三層塔)(2017.08/22)



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