2017.09/24(SUN)

小沼雄八墓 金山町大字大塩字沢ノ目?




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小沼雄八墓
・小沼雄八  会津藩/山内大学家来/明治元年閏四月十八日越後小出島で傷、五月十四日宮下で死/二十七歳
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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2017.09/24(SUN)

高祖沼沢府君の碑 金山町大字沼沢字寺ノ北




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町指定(昭和五十七年)重要文化財 史跡
高祖沼沢府君の碑 こうそぬまざわふくんのひ
 横田山ノ内の一族俊安は、沼沢に分家し姓を沼沢と改め近隣を支配しました。享禄四年(一五三一)のことと伝えられています。その子孫である実通(さねみち)は、天正十七年(一五八九)伊達政宗の会津侵攻に際し、芦名義広に属して戦いましたが、義広とともに常陸に敗走しました。後年、嗣子重通(しげみち)は最上領主となった保科正之に千石をもって召抱えられ、さらに会津に入部すると猪苗代城代の重責を果たし、子孫は代々番頭という重職に任ぜられ永く会津藩に仕えています
 この碑は、沼沢の旧臣の農民たちが浄財をまとめ、実通の事績を称え、玄孫一通(かずみち)の代の宝暦十二年(一七六二)に石に刻んで顕彰したもので、丸山城を望む高台に位置しています
     平成十七年 金山町教育委員会
--現地の案内板から--
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沼澤家二代重通墓(大龍寺)(2015.10/17)
沼澤七郎之墓(大龍寺)(2015.10/17)
大龍寺戊辰戦争殉難殉節供養碑(2015.10/15)



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2017.09/24(SUN)

石上道祖神 金山町大字小栗山字堂平




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町指定(昭和四十八年)重要文化財 民俗資料
石上道祖神 ※または小栗山の道祖神(こぐりやまのどうそじん)
 石上道祖神群は明治三年(一七六六)作の独身像、安永三年(一七七四)作の双身像を中心として、多くの男根女陰を象る彫石群で成っています
 特に、双身像は男女神それぞれに深い慈愛と温和、平安を表し、双方共に相手側の性器を掲げ表している構図は、民間信仰としての道祖神(道陸神、塞の神、幸の神)に対する当時の民衆の心を象徴するものとして、当地方としては稀有の遺品と言えるものです
 なお、この道祖神群は、地名の石上が石神に通じ、単に村落を悪疫、悪霊を塞いきるばかりでなく、豊穣を象徴とする性器崇拝の跡を止めるものとして、地方的にまことに得難く貴重な資料と言うことができます
     平成十七年十月 金山町教育委員会
--現地の案内板から--
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2017.09/23(SAT)

双体道祖神と庚申塔 昭和村大字佐倉字馬場地内




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昭和村有形文化財 庚申塔
 庚申講は星宿信仰が源となった講事で、人の罪過を報告するという三尸虫(さんしちゅう)が天に昇る庚申の夜は、集落の男性が夜を徹して眠らず、身を慎むことを旨とした
 後に、五穀豊穣や魔よけが信仰の中心となり、60年に一回巡ってくる庚申年に、庚申供養や三猿などを刻むのが常とされた
 元禄4年(1691)に建立された六角の石碑の中央には「大通智勝仏」と主尊の銘が刻まれており、庚申の主尊は「青面金剛」が主流であったことと比して全国的にも希少な供養塔である。大通智勝仏は法華経を演舌したと伝えられる仏で、六世紀に中国の天台智覬大師が著した「妙法蓮文句」に登場する
     平成9年12月1日 昭和村教育委員会
--現地の案内板から--
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2017.09/12(整理して再up)

写真展 那須塩原市三島 5-1 那須野が原博物館/エントランス・ギャラリー




 ■□□□(詳細を見るには下の【リンク・一覧】から)
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 史跡探訪を始めて5年になる。区切りとして写真展をさせて貰った

慶応四年(1868)
栃木福島の戊辰戦争史跡・写真展
 ・会場;那須塩原市三島 5-1、那須野が原博物館/エントランス・ギャラリー(無料)
 ・期間;2017年 4月 1日(土)~ 4月16日(日)※休館日;月曜日
【リンク・一覧】
 1 小山市    海老原清右衛門墓
 2 益子町    長棹速己(速水)之墓
 3 足利市    梁田戦争戦死塚
 4 宇都宮市   官軍七首級之墓
 5 宇都宮市   桑名藩七名墓
 6 宇都宮市   戦士死十七名霊
 7 宇都宮市   六道辻「戊辰役戦士墓」
 8 壬生町    丹波山国隊・戦死二名墓
 9 壬生町    戊辰役三志士墓(安塚)
 10 日光市    ちくう君(小花和重太郎)の墓
 11 日光市    大鳥軍参謀柿澤勇記墓
 12 今市     戊辰戦争隊士の墓
 13 今市     第二次今市戦
 14 藤原     小原沢「殉難碑」
 15 黒羽     黒羽藩戦死吊祭塔
 16 西那須野   親王台
 17 塩原     沖長三郎墓
 18 塩原     四、塩原駐留
 19 三斗小屋宿  戊辰戦死若干墓
 20 板室     戊辰戰死供養塔
 21 下郷町    大峠(会津中街道)
 22 上三依    上三依野仏群
 23 横川     会津西街道横川一里塚
 24 横川     会津西街道横川宿
 25 田島     官軍・戰死十九人墓
 26 下郷町    戦死二十四人墓
 27 白河市    白河城本丸南面の石垣
 28 白河市    會津藩戊辰戰死十二士之墓
 29 白河市    棚倉藩鎮英碑
 30 白河市    (四)薩州藩の碑
 31 白河市    慶応戊辰殉国者墳墓(西軍)
 32 白河市    会津藩戦死墓と銷魂碑
 33 白河市    仙台藩士戊辰戦歿之碑
 34 白河市    戦死供養塔
 35 白河市    海老名衛門君碑銘と戦死塚
 36 郡山市    母成峠
 37 猪苗代町   十六橋
 38 会津若松市  戊辰戦争戦死者の墓群
 39 会津若松市  二十一人之墓
 40 会津若松市  凌霜隊之碑
 41 会津若松市  長岡藩士殉節之碑
 42 喜多方市   佐藤銀十郎の墓
 43 只見町    河井継之助墓
 44 大玉村    戦死三十一人墓
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那須野が原博物館
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那須野が原博物館(2012.07/27)



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2017.09/09(SAT)

古四王神社 会津美里町福永宿・藤巻神社




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こしおう
古四王神社
 豊作や眼病に霊験灼か...とか?
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福永宿(2017.09/07)



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2017.09/08(FRI)

若木(オサナギ)神社 会津美里町福永宿・藤巻神社




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オサナギ
若木神社
 山形県東根市に同じ名前の神社がある。東根市若木山の麓に位置し、天然痘の神様「疱瘡神」として地元の人達に親しまれている。名称は同じ(読みも)でも、その規模には相当な違いがあるのだけれど、福永の人達にとっての思いは同じだったのかも知れない
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福永宿(2017.09/07)



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