2017.09/24(SUN)

石上道祖神 金山町大字小栗山字堂平




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町指定(昭和四十八年)重要文化財 民俗資料
石上道祖神 ※または小栗山の道祖神(こぐりやまのどうそじん)
 石上道祖神群は明治三年(一七六六)作の独身像、安永三年(一七七四)作の双身像を中心として、多くの男根女陰を象る彫石群で成っています
 特に、双身像は男女神それぞれに深い慈愛と温和、平安を表し、双方共に相手側の性器を掲げ表している構図は、民間信仰としての道祖神(道陸神、塞の神、幸の神)に対する当時の民衆の心を象徴するものとして、当地方としては稀有の遺品と言えるものです
 なお、この道祖神群は、地名の石上が石神に通じ、単に村落を悪疫、悪霊を塞いきるばかりでなく、豊穣を象徴とする性器崇拝の跡を止めるものとして、地方的にまことに得難く貴重な資料と言うことができます
     平成十七年十月 金山町教育委員会
--現地の案内板から--
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2017.09/23(SAT)

双体道祖神と庚申塔 昭和村大字佐倉字馬場地内




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昭和村有形文化財 庚申塔
 庚申講は星宿信仰が源となった講事で、人の罪過を報告するという三尸虫(さんしちゅう)が天に昇る庚申の夜は、集落の男性が夜を徹して眠らず、身を慎むことを旨とした
 後に、五穀豊穣や魔よけが信仰の中心となり、60年に一回巡ってくる庚申年に、庚申供養や三猿などを刻むのが常とされた
 元禄4年(1691)に建立された六角の石碑の中央には「大通智勝仏」と主尊の銘が刻まれており、庚申の主尊は「青面金剛」が主流であったことと比して全国的にも希少な供養塔である。大通智勝仏は法華経を演舌したと伝えられる仏で、六世紀に中国の天台智覬大師が著した「妙法蓮文句」に登場する
     平成9年12月1日 昭和村教育委員会
--現地の案内板から--
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2017.09/12(整理して再up)

写真展 那須塩原市三島 5-1 那須野が原博物館/エントランス・ギャラリー




 ■□□□(詳細を見るには下の【リンク・一覧】から)
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 史跡探訪を始めて5年になる。区切りとして写真展をさせて貰った

慶応四年(1868)
栃木福島の戊辰戦争史跡・写真展
 ・会場;那須塩原市三島 5-1、那須野が原博物館/エントランス・ギャラリー(無料)
 ・期間;2017年 4月 1日(土)~ 4月16日(日)※休館日;月曜日
【リンク・一覧】
 1 小山市    海老原清右衛門墓
 2 益子町    長棹速己(速水)之墓
 3 足利市    梁田戦争戦死塚
 4 宇都宮市   官軍七首級之墓
 5 宇都宮市   桑名藩七名墓
 6 宇都宮市   戦士死十七名霊
 7 宇都宮市   六道辻「戊辰役戦士墓」
 8 壬生町    丹波山国隊・戦死二名墓
 9 壬生町    戊辰役三志士墓(安塚)
 10 日光市    ちくう君(小花和重太郎)の墓
 11 日光市    大鳥軍参謀柿澤勇記墓
 12 今市     戊辰戦争隊士の墓
 13 今市     第二次今市戦
 14 藤原     小原沢「殉難碑」
 15 黒羽     黒羽藩戦死吊祭塔
 16 西那須野   親王台
 17 塩原     沖長三郎墓
 18 塩原     四、塩原駐留
 19 三斗小屋宿  戊辰戦死若干墓
 20 板室     戊辰戰死供養塔
 21 下郷町    大峠(会津中街道)
 22 上三依    上三依野仏群
 23 横川     会津西街道横川一里塚
 24 横川     会津西街道横川宿
 25 田島     官軍・戰死十九人墓
 26 下郷町    戦死二十四人墓
 27 白河市    白河城本丸南面の石垣
 28 白河市    會津藩戊辰戰死十二士之墓
 29 白河市    棚倉藩鎮英碑
 30 白河市    (四)薩州藩の碑
 31 白河市    慶応戊辰殉国者墳墓(西軍)
 32 白河市    会津藩戦死墓と銷魂碑
 33 白河市    仙台藩士戊辰戦歿之碑
 34 白河市    戦死供養塔
 35 白河市    海老名衛門君碑銘と戦死塚
 36 郡山市    母成峠
 37 猪苗代町   十六橋
 38 会津若松市  戊辰戦争戦死者の墓群
 39 会津若松市  二十一人之墓
 40 会津若松市  凌霜隊之碑
 41 会津若松市  長岡藩士殉節之碑
 42 喜多方市   佐藤銀十郎の墓
 43 只見町    河井継之助墓
 44 大玉村    戦死三十一人墓
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那須野が原博物館
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那須野が原博物館(2012.07/27)



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2017.09/09(SAT)

古四王神社 会津美里町福永宿・藤巻神社




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こしおう
古四王神社
 豊作や眼病に霊験灼か...とか?
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福永宿(2017.09/07)



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2017.09/08(FRI)

若木(オサナギ)神社 会津美里町福永宿・藤巻神社




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オサナギ
若木神社
 山形県東根市に同じ名前の神社がある。東根市若木山の麓に位置し、天然痘の神様「疱瘡神」として地元の人達に親しまれている。名称は同じ(読みも)でも、その規模には相当な違いがあるのだけれど、福永の人達にとっての思いは同じだったのかも知れない
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福永宿(2017.09/07)



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2017.09/07(THU)

阿弥陀一尊種子板碑、阿弥陀三尊種子板碑 会津美里町福永宿・藤巻神社




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阿弥陀一尊種子板碑 写真向って右
   会津美里町指定文化財
 安山岩質凝灰岩の板碑で、大振りな種子□(キリーク)(阿弥陀如来)が深い薬研彫で彫られている
 建立時期は南北朝(一三三一~一三九二)時代と考えられる貴重なものである
阿弥陀三尊種子板碑 写真向って左
   会津美里町指定文化財
 碑の頂部近くに二本の条線がある安山岩質凝灰岩の板碑で、条線の下に種子□(キリーク)(阿弥陀如来)その向って右下に□(サ)(観音菩薩)左下には□(サク)(勢至菩薩)が箱彫で彫られている
 室町(一三九三~一五七□)時代初期に建立されたものと考えられる大切な文化財である
   会津美里町教育委員会
--現地の案内板から--
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福永宿(2017.09/07)



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2017.09/07(THU)

藤巻神社大イチョウ 会津美里町福永宿・藤巻神社





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藤巻神社大イチョウ
   会津美里町指定文化財
 この大イチョウは高さ三二メートル・幹まわり五.六メートル・推定樹齢三〇〇年余である。藤巻神社は霊峰明神ケ岳より下って、鎮座したとの古い伝承があるが、天正末期(一五九〇頃)に社料を失い頽廃した。しかし万治元年(一六五八)に再興されたとあるので樹齢的に見てもこの時植樹されたものである
 また、このイチョウは”乳イチョウ”とも呼ばれ、幹の途中から空根が乳房状に垂れさがり、これを削りとって煎じて飲用すれば、母乳の出がよくなるという言い伝えがある
   会津美里町教育委員会
--現地の案内板から--
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藤巻神社
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福永宿(2017.09/07)



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