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2016.10/26(WED)

松平容保公像 会津若松市一箕町滝沢 122・旧滝沢本陣




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写真;2016.10/22

会津藩主松平容保公像
・松平容保公 天保6年(1836)12月29日~明治26年(1893)12月 5日
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旧滝沢本陣(2016.10/22)



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2016.10/26(WED)

蕪村句碑 結城市結城2486-1・結城城跡




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写真;2016.10/25

行く春や むらさきさむる 筑波山
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碑裏面に
建立の趣旨
 俳聖蕪村は寛保二年秋(一七四二)二十七才の時、結城の生んだ俳人砂岡雁宕を慕って結城を訪れ雁宕の庇護により十年間滞留し、その間当地を中心に下館、宇都宮、東北地方を歴訪した
 結城市制十周年を記念し、偶々蕪村生誕二百三十周年を卜して、汎く市民各位の讃同を得この城址に建立されたものである
     昭和四十一年十月十二日/結城市蕪村句碑建立委員会
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2016.10/25(TUE)

結城藩主水野勝知 結城城跡(結城市結城2486-1)




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表忠之碑
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写真;2016.10/25 結城城跡には戊辰戦争で死傷した新政府軍兵士の氏名を裏面に刻む「表忠之碑」が建つ

結城藩(下総・一万八千石・水野氏・譜代)
          みずのかつとも
結城藩主水野勝知
・天保9年(1838) 2月26日 陸奥二本松藩の第九代藩主丹羽長富の八男として生まれる
・文久2年(1862) 11月24日 第九代結城藩主水野勝任の死去に際し、末期養子として家督を相続した
          12月1日 将軍徳川家定に拝謁する
            16日 従五位下日向守に叙任する
・元治元年(1864) 4月   日光祭礼奉行に就任した
          7月10日 学問所奉行に就任した
・慶応4年(1868) 3月1日 旧幕府から彰義隊の指揮を任される。当時、藩内は佐幕派と恭順派に分裂していたが、藩主の勝知は佐幕派に与し、恭順派は第八代藩主勝進の子の勝寛を新藩主として擁立した
            26日 彰義隊の一部などを引き連れた勝知は、恭順派から結城城を奪い取った
          4月   新政府軍の攻撃を受けて結城城は落城し、勝知は水路から脱出して上総成東や上野山内に潜伏したのち、実家の二本松にまで逃れた
         閏4月5日 明治政府は勝知の官位を剥奪し、藩士の入京も禁止とした
          5月20日 新政府に捕らえられて、伊勢津藩にお預けになった
・明治元年(1868) 9月10日 上総鶴牧藩にお預けとなる
          12月7日 明治政府から隠居を命じられる。所領も千石減封された
・明治2年(1869) 2月24日 勝寛が家督を相続した
          7月4日 二本松藩にお預けとなる
・大正8年(1919) 4月22日 死去した。享年八十二
--引用・要約;「水野勝知」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』2015.06/02(火)15;24--
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写真;現結城城跡歴史公園・2016.10/25

結城市指定史跡 結城城跡
 結城城は治承年間(一一七七~一一八〇年)に結城朝光が築いたとされるが確証はない。むしろ南北朝動乱期に築城されたと見るべきであろう
 その後、結城家は室町時代に関東八家の一に列して勢力をふるい、戦国時代には宇都宮・佐竹氏らと伍して生き残り、天正十九年(一五九一年)徳川家康のニ男秀康を十七代晴朝の養子にもらい受け、慶長六年(一六〇一年)越前福井への国替えまで関東の雄として栄えた
 結城氏の転出後、結城城は廃城となったが、元禄十三年(一七〇〇年)水野勝長(一八〇〇〇石)の入部によって再興され、明治に至るまで水野家の居城となった
 結城の名を不朽にしたのは永享十二年(一四四〇年)の結城合戦である。関東公方足利持氏が将軍義教と争って滅ぶと結城家十一代氏朝(一四〇二~一四四一年)は、持氏の遺児春王丸と安王丸を奉じて兵を挙げた
 幕府は諸将に氏朝らの討伐を命じたが、結城落城まで一年余を費し、結城の名を天下に轟かす結果となったのである
     結城市教育委員会
     贈 結城ロータリークラブ
     平成九年四月四日 建立
--現地の案内板から--
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2016.10/23(SUN)

鈴木五郎墓、鈴木忠之助墓 会津若松市大戸町上雨屋 125(常金寺)




会津藩(岩代・二十八万石・松平氏・家門)
会津若松市七日町・阿弥陀寺に全殉難者慰霊碑/会津若松市・善龍寺内の『奈与竹の碑』(殉難婦女子、二百三十三名)/飯盛山の白虎隊士の墓/ほかに日新町・長命寺などに合葬碑、集合碑がある
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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鈴木五郎重光墓
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写真;2016.10/22

・鈴木五郎重光  清吾五男/年割/白虎寄合一番原隊/明治元年九月十五日会津一ノ堰で傷/十一月雨屋で死/十六歳
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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鈴木忠之助重季墓
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写真;2016.10/22

・鈴木忠之助重季 清吾倅/九石二人扶持、年割/明治元年八月二十三日会津笹山で戦死/二十九歳
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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※ 兄弟の墓である。常金寺本堂左に並んで立つ



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2016.10/22(SAT)

旧滝沢本陣 会津若松市一箕町滝沢 122




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写真;2016.10/22


旧滝沢本陣横山家住宅
 横山家住宅の建築年代は明らかではないが、主屋は福島県下の民家としては構造手法が相当に古く17世紀末頃まで遡るらしい/座敷は主屋東南に接して建ち、年代は19世紀以降らしい。保存状態がよく幕末古図にくらべて大きな改変はない
 このことから、横山家住宅は会津地方における上層民家の古い例として、また数少ない本陣形式の民家として価値が認められることから、主屋・座敷は国指定重要文化財に指定されている
・建物概要
 主   屋 桁行20.1m、梁間7.6m、東面切妻造、西面寄棟造、茅葺、南面玄関附属
 座   敷 桁行10.5m、梁間7.4m、寄棟造、茅葺、北西隅主屋に接続
 湯殿・便所 桁行3.84m、梁間2.9m、切妻造、茅葺、北側渡廊下
(以下、省略)
--現地の案内板から--
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白虎隊出陣・新選組進駐の地
 会津戊辰戦争には大本営となり、会津城下に攻め入る西軍を戸ノ口原でくい止めようとして秋雨の降る慶応四年八月二十二日、悲壮な決意で藩主松平容保公が白虎隊に出陣を命じた所である
 又、この日は土方歳三率いる新選組が藩主松平容保公、白虎隊を護衛して大いに活躍した
--案内チラシ「会津藩御本陣」から--
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松平容保公像(旧滝沢本陣)(2016.10/26)



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2016.10/22(SAT)

下野街道と八幡神社 下郷町大字豊成字八幡山5399




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八幡神社
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写真;峠を越える下野街道跡の脇にある八幡神社・2016.10/22

歴史の道 下野街道
 下野街道は、会津藩が隣国通じる際の本道五筋として幕府に報告した中の一筋で、会津若松城下から日光神領今市宿までの総延長約三ニ里(約一三二km)、道幅二間(約三・八 m)の街道です
     *
 この街道は、会津から江戸への最短の道として、会津藩を始め近隣諸国の藩主が参勤交代に利用し、あるいは会津藩の年間十万俵にも及ぶ廻米の輸送路として、政治的・経済的に大変重要な役割を果たした街道でした
 明治十七年(一八八四)、現在の国道が大川沿いに開通すると、山間を通る下野街道は、一部県道や林道となって利用されましたが、地形上急峻な峠越えの部分はそのまま残されました
 町は平成七年度から「歴史の道整備事業」を実施し、下野街道の道程を明らかにするとともに石畳や一里塚、あるいは峠の茶屋跡などを確認し、これらの整備を図ることができました
 つづら折りでのぼり下りする峠越えの旧街道は遠い時代に繋がる往時の姿を偲ばせてくれます。江戸時代の鼓動を確かめる上でも、旧街道にゆっくりと足を踏み入れてはいかがでしょう
     下郷町
--現地の案内板から--

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標識に
←歴史の道(下野街道)
              楢原宿に至る
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2016.10/14(FRI)

雪見櫓跡 白河城




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写真;2008年に撮ったもので、現在は工事中のため立入りは不可である

雪見櫓跡

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2015.05/23(SAT)

出来事 1853~1878
ペリー来航(1853)から戊辰戦争(1868)をはさんで西南戦争(1877)、大久保利通暗殺(1878)までをザックリと抜き出してみた
2016.10/11(TUE) 更新(なお継続)




幕末維新年表
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      年  月 日.
嘉永6年(1853)  6月  3.ペリー率いる東インド艦隊、浦賀に来航
             近世紀聞(2016.06/24)
         7月 18.プチャーチン率いるロシア極東艦隊、長崎に来航(日露和親条約締結)
        10月 23.徳川家定、征夷大将軍に任命
嘉永7年(1854)  1月 14.ペリー、浦賀に来航(再)
         3月  3.日米和親条約調印(下田、箱館開港)
             横浜村での日米交渉の様子を描いた錦絵(2016.10/10)
           27.吉田松陰、金子重之助とともに下田沖の米艦に投じ密出国を企てるが失敗する
安政元年    11月 27.安政に改元
安政2年(1855) 10月  2.安政大地震
           24.長崎海軍伝習所開所
安政3年(1856)  4月 13.幕府、江戸に講武所開設
         7月 21.米総領事ハリス、下田に来航
         8月   松陰、松下村塾を開く
安政4年(1857)  4月 11.幕府、講武所内に軍艦教授所(操練所)開設
         5月   下田条約調印
        10月   ハリス、将軍に謁見
安政5年(1858)  4月 23.彦根藩主井伊直弼、大老に就任
         6月 19.日米修好通商条約調印
         7月  6.将軍家定歿す
           16.薩摩藩主島津斉彬歿す
         8月  8.孝明天皇、勅定(戊午の密勅)を水戸藩に下す
         9月   安政の大獄はじまる
        10月 25.徳川家茂、征夷大将軍に任命
安政6年(1859)  6月   横浜開港
             アメリカ領事館(本覚寺)(2016.12/01)
        10月 27.幕府、吉田松陰を処刑する
             安政六年十月二十七日(2014.10/27)
安政7年(1860)  1月 13.木村善毅・勝海舟ら、咸臨丸で品川沖を出航
         3月  3.大老井伊直弼、桜田門外にて水戸・薩摩の浪士らに暗殺される
             金子孫二郎墓(碑)(2017.05/20)
             桜田烈士関鉄之介の歌碑(2015.03/17)
万延元年(1860)  3月 18.改元
        11月  1.幕府、和宮降嫁公表  
万延2年(1861)  2月  3.対馬事件
文久元年     2月 19.改元
        10月 20.和宮一行、桂御所を出立
文久2年(1862)  1月 15.老中安藤信正、水戸浪士らに襲われ負傷(坂下門外の変)
         2月 11.和宮と家茂の婚礼が行われる
         4月  8.土佐藩参政吉田東洋、暗殺される
             島津久光、兵を率いて入京
           23.寺田屋事件
         7月   「天誅」はじまる
         8月 21.生麦事件
        12月   松平容保、京都守護職として入京
           12.長州藩士高杉晋作・久坂玄瑞ら、英国公使館焼打ち
文久3年(1863)  3月  4.将軍家茂、上洛
         4月 13.清河八郎、佐々木只三郎らに暗殺される
             佐々木只三郎墓(2014.09/05)
         5月 10.長州藩、馬関通過の英国船砲撃
           20.姉小路公知暗殺される
         6月  1.米軍艦、下関砲撃
            5.仏軍艦、下関砲撃後陸戦隊上陸
            7.高杉晋作、奇兵隊を結成
         7月  2.薩英戦争(~ 4)
         8月 17.天誅組の乱
           18.文久の政変(八・一八政変)
             京の浪士隊、「新選組」拝命
        10月   生野の変
元治元年(1864)  3月   フランス公使ロッシュ着任
             天狗党の乱
             藤田小四郎之像(2017.05/18)
             1 天狗党挙兵(2012.11/06)
             2 追討軍、大発勢、田中愿蔵(2012.11/07)
             3 大発勢潰滅(2012.11/08)
             4 天狗党西上(2012.11/10)
         5月   神戸海軍操練所設立
         6月  5.池田屋騒動
         7月 11.佐久間象山暗殺される
           19.蛤御門の変(禁門の変)
             第一次征長の役
             馬関戦争
        12月 17.天狗党、加賀藩に降伏
             回天神社履歴/一号墓所/「殉難」碑(2017.05/22)
             武田耕雲斎の墓(2017.05/23)
             藤田小四郎墓(2017.05/20)
慶応元年(1865)  5月   武市半平太処刑される
             坂本龍馬、亀山社中を設立
慶応2年(1866)  1月   薩長同盟成立
             坂本龍馬、寺田屋で幕吏に襲われる
         6月   第二次征長の役  
         7月   将軍・家茂歿す
        12月  5.徳川慶喜、征夷大将軍に任命(徳川15代将軍)
           25.孝明天皇崩御
慶応3年(1867)  1月  9.明治天皇、皇位に即く(践祚)
         4月   亀山社中、海援隊と改称
           14.高杉晋作、病没(享年二十七)
         6月   坂本龍馬、「船中八策」を起草
         7月   中岡慎太郎、陸援隊を結成
        10月   薩長に「討幕の密勅」下る
             将軍・大政奉還
        11月   竜馬の手紙(2014.04/08)
           15.坂本龍馬、中岡慎太郎暗殺される
        12月   王政復古の大号令
           25.江戸薩摩藩邸焼討事件
慶応4年(1868)  1月  3.鳥羽・伏見の戦(~ 6)
           戊辰戦争始まる
             第一章 幕軍鳥羽伏見に敗る(2013.01/09)
         3月  9.梁田戦争
             梁田戦争 1(2014.04/11)
         4月 11.江戸城無血開城
             幕府歩兵奉行大鳥圭介、「伝習隊」らを率いて江戸を脱走する
             栃木、福島の戊辰戦争 1/2(2013.12/01)
             栃木、福島の戊辰戦争 2/2(2013.12/01)
           16.武井の戦い(現結城市武井)
             武井の戦い(2012.05/30)
           16.17.小山戦争
             二、小山戦争(凌霜隊戦記)(2014.12/26)
             小山之戦(2016.10/07)
           19.大鳥圭介が率いる伝習隊、宇都宮城を奪取する
           22.壬生、安塚の戦い
             壬生、安塚の戦い(2012.09/10)
           23.宇都宮城攻防戦で旧幕軍敗北、日光・会津へ退く
             宇都宮第二次攻防戦要図(2013.10/09)
             六道辻「戊辰役戦士墓」(2012.08/14)
       閏 4月  1.大鳥軍、六方越えから田島で軍再編
             笹小屋(2013.12/12)

写真;白河城跡・2008.12/10
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            --白河口の戦い--
       閏 4月 20.世良修蔵処刑される
             第五章 世良参謀福島に殺さる
             白河城、東北同盟軍の手になる
             第六章 会兵白河城を奪取
           21.今市戦争(~ 5月 1日)
             第一次今市戦(2012.12/19)
             第ニ次今市戦(2012.12/20)
           23.東北25藩による奥羽列藩同盟成立
             第四章 奥羽列藩の白石会議
         5月  1.白河城攻防戦(同盟軍大敗)
             第九章 五月朔日の大激戦
            4.長岡藩、奥羽列藩同盟に参加
            6.奥羽越列藩同盟成立
             奥羽越列藩同盟(2014.09/29)
           15.新政府軍、上野の彰義隊を掃討
             (三)上野東叡山の戦 1(2016.03/29)
             (三)上野東叡山の戦 2(2016.03/30)
             (三)上野東叡山の戦 3(2016.03/30)
           19.長岡城下で新政府軍と長岡藩が戦闘
             長岡城落城(2015.01/24)
           28.輪王寺宮、常陸平潟に上陸
             輪王寺宮の東行(2013.10/02)
         6月  2.列藩同盟軍、長岡近郊今町で新政府軍を撃破
             与板攻防戦(2015.03/30)
            6.輪王寺宮、会津に入る
           16.新政府軍増援部隊、平潟に上陸
           24.棚倉城、陥落
             第十三章 西軍棚倉城に迫る
             六、棚倉城の戦い(2012.12/06)
           25.藤原戦争(会津西街道/以降、 8月まで西軍の進攻を阻止ス)
             藤原の戦い(2012.10/16)
             大原村の戦い(2012.10/18)
             小原沢の戦い(2012.10/17)
             淺田惟季北戰日誌(2013.11/26)
             守山藩、降伏
           28.泉城、陥落
             相馬藩、同盟脱退
           29.湯長谷城、陥落
         7月 13.平城、陥落
             (一)岩城の戦 1(2016.05/08)
             (一)岩城の戦 2(2016.05/09)
             (一)岩城の戦 3(2016.05/12)
             (一)岩城の戦 4(2016.05/12)
           16.三春藩、同盟脱退
           17.江戸を東京と改称
           24.長岡藩軍、長岡城を奪還
           27.三春藩、降伏
             第十五章 板垣参謀三春に向う
             三春藩烈士碑(2014.09/07)
           29.新潟港、新政府軍の手になる
             長岡城、再度陥落
             北越戊辰戦争年表(2014.08/07)
             二本松城、陥落
             二本松城、落城する(2013.08/31)
         8月  6.相馬中村藩、降伏
           16.河井継之助、戦傷が元で死亡
             只見における河井継之助1(2014.08/08)
             只見における河井継之助2(2014.08/09)
             河井継之助墓(2014.08/06)
           19.榎本武揚ら旧幕臣、軍艦8隻で江戸を離れる
             徳川海軍の品海脱走(2016.02/22)
           21.母成峠の戦い
             母成峠、十六橋の戦い(2012.10/11)
            --会津戦争--
           23.西軍、若松城下侵入
             二十一人之墓(善龍寺)(2016.07/21)
             飯盛山/白虎隊十九士(墓)(2016.07/23)
           25.会津若松城攻防戦
             東軍墓地(阿弥陀寺)(2016.04/21)
             西軍墓地(東明寺)(2016.06/07)
             町野家・南摩家家族殉難(自刃)の地(2015.11/07)
           26.山川大蔵、城内軍事総督となる
             榎本武揚艦隊軍艦開陽、松島に到着
         9月  4.米沢藩、降伏
             招魂碑(米沢城址)(2015.04/28)
明治元年(1868)     8.明治と改元、一世一元に改める
             二本松藩、降伏
             二本松城、落城する(2013.08/31)
           17.上山藩、降伏
           18.仙台、棚倉、天童、松村の各藩、降伏
           22.会津藩、降伏
             復古外記/会津藩降伏(2013.10/06)
        10月 13.榎本艦隊、仙台折の浜を蝦夷地に向け出帆
             箱館戦争 1/2(2014.10/07)
             箱館戦争 2/2(2014.10/09)
        12月 15.榎本武揚、蝦夷地で総裁に選出される(蝦夷臨時政府、蝦夷共和国成立)
明治2年(1869)  1月   薩長土肥四藩主、版籍奉還を上奏
             横井小楠暗殺される
         3月 25.宮古湾海戦
             南部宮古湾の凶変 1/2(2016.03/06)
             南部宮古湾の凶変 2/2(2016.03/07)
         4月 13.大野口二俣の戦い
             (一)二俣口の戦(2016.09/18)
         5月 11.新政府軍、箱館総攻撃を開始
           16.中島三郎助戦死
             (三)千代ヶ岡の追落(2016.02/21)
           18.五稜郭の榎本武揚ら降伏
             (四)五稜郭の瓦解(2016.02/26)
           戊辰戦争終わる
         9月   大村益次郎暗殺される
明治3年(1870) 10月   岩崎弥太郎、買い受けた九十九商会を三菱商会とし事業展開はじめる
明治4年(1871)  1月  9.広沢真臣(参議)暗殺される
         7月   廃藩置県
        11月   岩倉使節団、欧米に出発
             山川捨松(女子留学生)、岩倉使節団一行と横浜港から渡米
             鹿鳴館の貴婦人(2012.10/15)
明治5年(1872)  1月  6.大鳥圭介、特赦により出獄(後新政府に出仕)
             大鳥圭介の英・米産業視察日記(2016.09/30)
             明治維新後(大鳥圭介)(2016.09/26)
         8月   学制を制定
        12月   太陽暦採用(旧暦12月 3日を西暦 1月 1日とする)
明治6年(1873)  1月   徴兵令を布告
         7月   地租改正令
明治7年(1874)  2月   佐賀の乱(江藤新平)
         4月   板垣退助、土佐で立志社をおこす
         5月   台湾出兵
明治8年(1875)  9月   江華島事件
明治9年(1876) 10月   神風連の乱
             秋月の乱
             荻の乱
明治10年(1877)  1月   西南戦争
         9月 24.西郷隆盛自刃
明治11年(1878)  5月 14.大久保利通暗殺される
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2016.10/10(MON)

横浜村での日米交渉の様子を描いた錦絵




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--↑引用;企画展案内冊子「幕末維新期の点描/そのとき小山は」から(絵図)--

ペリー艦隊との交渉 林 復斎(はやしふくさい)
 翌安政元年(1854)正月にペリー艦隊が再来。復斎は家督を継いで間もない慌ただしい時期であったが、以前からの有能ぶりや異国との交渉史への通暁が買われて、町奉行井戸覚弘とともに応接掛として老中阿部正弘から任命され、横浜村で交渉にあたった。実際の交渉は漢文の応酬で行われたため、復斎はその漢文力を買われ、主な交渉はすべて任されることとなる。復斎はすでに当時の諸外国の動静を理解しており、鎖国(海禁)体制の現状維持は困難と考え、異国船への薪水食料の給与程度はやむを得ずと判断し、ペリー艦隊との交渉でも柔軟に対応した。ただし、通商要求に関しては時期尚早として断固拒絶した
 長期にわたった交渉の中で江戸城に登城し、老中の阿部や海防参与の水戸藩主徳川斉昭などにも交渉経緯を伝えるなど、江戸と浦賀を往復した。米国側からは「55歳くらい。中背で身だしなみ良く、厳粛で控えめな人物」と評されている。復斎は米国艦隊との交渉記録を後に『墨夷応接録』(墨夷はアメリカのこと)にまとめている
和親条約締結と下田追加条約
 3月3日(1854)、横浜村において日米和親条約が締結。条文は日本文、漢文、英文の3種類で交換されたが、日本文での署名者は復斎を筆頭としている。ただし、日本側が英文版への署名を拒否したため、国際法上の条約締結の体裁が整わず、また条約正文を何語にするかも結論が出なかったため米国側は困惑した
 そこで新たな開港地として予定されていた下田・函館をそれぞれ米艦隊が視察した後、下田で再び交渉を行うこととなった
 覚弘と鵜殿鳩翁が下田取締掛として任命され、目付岩瀬忠震・永井尚志なども下田へ派遣されたが、依然としてペリーとの交渉役となったのは復斎であった。この地における交渉で、漢文版を廃して条約正文を日本語・英語・オランダ語の各語版とすること、英文版へ日本側全権が署名すること、異国人遊歩地の範囲や批准書交換などその他の手順が決定され、下田追加条約(additional regulations、日本側は「条約附録」と呼んだ)が締結。復斎は大任を果たした
※ 林 復斎(はやしふくさい)
--引用・要約;「林 復斎」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』2016.06/20(月)14;07--

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--↑引用;企画展案内冊子「幕末維新期の点描/そのとき小山は」から(絵図)--
 写真上左 伊澤美作守 浦賀奉行
    中 林 大学頭 交渉団筆頭
    右 戸田伊豆守
   下左 中島三郎助 浦賀奉行所与力
      (三)千代ヶ岡の追落(2016.02/21)
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2016.10/09(SUN)

戊辰戦記絵巻物後編「小山之戦」 長岡市立中央図書館蔵




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戊辰戦記絵巻物後編「小山之戦」↑(部分)
 4月17日第三次の戦いを描いている。この戦いで大きな被害を出した彦根藩兵が手前に、右奥に「大鳥兵」旧幕府軍が描かれる。(ここでは表示出来なかったが)絵の左部分奥には筑波山、畑中には旧幕府軍伏兵の「東照大権現」旗が描かれている
--引用、要約;企画展案内冊子「幕末維新期の点描/そのとき小山は」から(絵図とも)--
     *
小山市立博物館第67回企画展
幕末維新期の点描 そのとき小山は
 期間;9月17日~11月23日まで
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