カテゴリ:>会津高田( 3 )

2013.08/22(THU)

鏡 塚 会津高田




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以下、現地の案内板から

町指定史跡

   所有者   文殊院清龍寺
   所在地   会津美里町字文殊西甲
   指定年月日 昭和六〇年三月一六日指定

鏡 塚 (きょうづか)

 この塚は智鏡上人(ちきょうしょうにん)を祀った塚で、高さ一.五メートル、周囲約十八メートルの大きさがある。塚の上には大きな五輪塔が建てられている。
 智鏡上人は法幢寺(ほうどうじ)の僧といわれ、文亀三年(一五〇三)に伊佐須美神社が火災にあい、贈爵綸旨を焼失したのを嘆き、天文二十年(一五五一)京都に赴き、後奈良天皇より再び正一の論旨を賜わった人物である。この論旨により伊佐須美神社は再興したと伝えられている。
 天文二二年(一五五三)、智鏡上人は高田村に疫病が流行したとき、穴を掘り棺に入って生き埋めとなった。智鏡上人は棺の中から念仏を唱え、疫病から人々を救おうとした。二一日間は地中より鐘を鳴らしながら唱える念仏が聞えたが、その音もついに絶え、捨身往生を遂げたという。村人は塚に五輪塔を建て、供養したと伝えられている。
     平成二四年二月
     会津美里町教育委員会
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2013.08/22(THU)

芭蕉翁袖塚碑 会津高田




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町指定史跡
  所有者   文殊院清龍寺
  所在地   会津美里町字文殊西甲
  指定年月日 昭和四十九年三月一日指定

芭蕉翁袖塚碑

 この碑は野面石に「芭蕉翁袖塚」と五文字を陰刻した碑で、台石を含めると一.四八mの高さがある。
 松尾芭蕉が元禄二年(一六八九)、奥の細道への旅に出立するとき、右袖は筆のすさびに邪魔になるとしてたち切り、これを弟子の堀伊賀之助に与えた。それを高田村の俳人田中東昌(月歩)がもらいうけ、東昌は更に自分の弟子小林麻蔵に預けた。麻蔵は、伊佐須美神社の薄墨桜の下に、この袖を埋めて「芭蕉翁袖塚」の碑を建立した。後世に、碑は智鏡塚の東に移され、更にまた現在の位置に移された。
 東昌は幼い頃より神童と呼ばれた。また、東昌は高田組郷頭を勤めたほか、文学者としても有名であった。
 東昌の死後一周忌の天保十年(一八三九)五月に門人が「袖塚集」を編み、この由来を記している。「袖塚集」は現在でも田中文庫に残されている。
     平成二四年二月
     会津美里町教育委員会
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2013.08/15(THU)

伊佐須美神社 会津高田(現会津美里町)
いさすみじんじゃ




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写真;2013.08/11
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以下、現地の案内板から

奥州二宮
岩代一宮  伊佐須美神社の御事
会津総鎮守

御祭神
 いざなぎのみこと・いざなみのみこと
 伊弉諾尊・伊弉冉尊
 おおひこのみこと・たけぬなかわわけのみこと
 大毘古命・建沼河別命
 (御祭神四柱を総称して伊佐須美大明神と奉称する)
 例大祭  九月十五日 九月一日から九月十七日まで
 御田植祭 七月十二日

   由緒

 伊佐須美神社の創祀起源は悠久二千有余年の昔第十代崇神天皇十年四道将軍派遣の時に始まり古事記には『東の方より遣けつる建沼河別、其の父大毘古と共に相津に往き遇ひ給ひき故れ其地を相津と謂ふ』と記録されている如く会津地名発生の伝承社であります。
 即ち往き合い給うた時国家鎮護の為、国土開拓の祖神(諾、冉二神)を会津高嶺の聖地天津嶽(新潟県境)に鎮斎されたのが始まりと伝えております。その後博士山、明神岳を経て欽明天皇十三年(五五二)当地に御鎮座されたのであります。
 その時大毘古命、建沼河別命二神も合祀奉斎されて以来千四百有余年、歴朝はもとより歴代藩主、別けても会津松平藩祖保科公以来格別の崇敬と庶民の崇敬殊の他篤く、延喜式内『明神大社』光格天皇宣下『伊佐須美大神宮』として崇められ、又戦前は国弊中社として官祭に預り御社殿の奉修、改築、社領、宝物等の寄進が相次ぎ会津開拓の祖神を祀る古大社にふさわしく、今尚広くあらゆる殖産興業を守護したもう御神威のもと衆民の崇敬は深く厚いものであります。

   御神徳(八方除・延命長寿)

 伊佐須美大明神は我が日本、国土創成の祖神として又会津国を中心に広く東海、北陸、東北を御開拓になられ、農林、水産、魚業、商工、土木建築、交通運輸のあらゆる殖産興業の道を授け給うた会津文化の生みの祖神であり、日常生活に忘れることの出来ない一切生業の守護神であります。わけても古来より延命長寿、地相、家相、方位、日柄等に由縁する諸々の災難を除かせ給う八方除の尊い御神威と建築土木、移転等の方除或は厄除開運、結婚、旅行、営業、交通、病気等にそれぞれ祈念をこめて限りなき恩頼を戴かれております。
 大明神の広大無辺の御加護の下に諸事押し進めれば万事無難に成就すると共に、福徳円満家内は益々繁栄に導かれる御霊験あらたかにましますのであります。
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所在; 福島県大沼郡会津美里町字宮林甲4377



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