カテゴリ:大鳥圭介( 7 )

2016.11/24(THU)

慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史 蝦夷陸軍総裁、大鳥圭介公
国立国会図書館デジタルコレクション




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蝦夷陸軍総裁、大鳥圭介公
 上圖は圭介公の歩兵奉行時代のものにして登城の際撮影せしもの也
--引用;「慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史」/国立国会図書館デジタルコレクション--
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慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史(目次)(2016.02/22)



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2016.09/30(FRI)

大鳥圭介の英・米産業視察日記 福本龍著/国書刊行会 2007




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明治五年・六年 大鳥圭介の英・米産業視察日記

-- 目次 --
はじめに
 帰国後の大鳥圭介
第一章 五稜郭の敗戦から牢、そしてイギリスまで
 黒田清隆の助命運動
 無罪放免から開拓使出仕、アメリカへ
 混乱のアメリカ出発前夜
 横浜港より出航
 サンフランシスコでの外債募集
 ワシントンで岩倉使節団と
 森有礼の反対
 ロンドンでの攻防
 岩倉使節団 ロンドン着
第ニ章 イギリス各地の産業視察
 ロンドンでの産業視察
 イギリス各地の産業視察
 ロンドンよりバーミンガムへ
 バーミンガムの工場視察
 リバプールの工場視察
 マンチェスターの工場視察
 伊藤博文訪来
 エディンバラの工場視察
 グラスゴーの工場視察
 ニューカッスルの工場視察
 まだ続く岩倉使節団の視察旅
第三章 再びロンドン
 外債募集のその後
 続いて大鳥の日記
 ジョイント銀行の倒産
 ロンドン大学で舎蜜(化学)を学ぶ
 岩倉使節団、イギリス女王と謁見
 岩倉使節団、フランスへ出発
 東洋(オリエンタル)銀行と外債交渉成立へ
 ナポレオン三世の葬式
 外債募集の成功
 外債の日本への送金
 アメリカへ、吉田清成一行は帰国の途へ
 イギリスでの余話二題
   ロンドンでポンプ購入の件
   スコットランド幼児絵本を本邦展覧会へと送る
第四章 アメリカでの産業視察
 フィラデルフィア
 ハリスバーグ
 ナイアガラ
 ピッツバーグとその周辺
 ハリスバーグ
 ニューヨーク
 ボストン
 ニューヨーク
 トロイ
 ボストン

吉田清成への書簡二通
英米産業視察の感慨
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明治維新後(大鳥圭介) (2016.09/26)



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2016.09/26(MON)

大鳥圭介 天保 4年(1833) 2月25日- 明治44年(1911) 6月15日




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明治維新後

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・明治 5年(1872) 1月 8日 特赦により出獄。のち、新政府に出仕して、左院少議官、開拓使5等出仕を経て、大蔵小丞の職を兼任し、欧米各国を開拓機械の視察と公債発行の交渉の為に歴訪した
・明治 7年(1874) 3月   帰国し、開拓使に戻る。後に陸軍大佐拝命を経て工部省四等出仕となる。技術官僚として殖産興業政策に貢献した。工作局長として官営工場を総括し、セメントやガラス、造船、紡績などのモデル事業を推進するなどインフラ開発にも関わる。また、内国勧業博覧会の審査員として国内諸産業の普及と民力向上に尽力し、「工業新報」を発刊して先進的技術の普及に努めたほか、「堰堤築法新按」の翻訳や民間草の根レベルの水利・ダム技術の紹介などに努めた
・明治10年(1877)     工部大学校が発足し校長に任命される
・明治14年(1881)12月 3日 工部技監に昇進。勅任官となり技術者としては最高位になる。同年、東京学士会院会員に任命される
・明治18年(1885)12月28日 元老院議官に就任
・明治19年(1886) 4月10日 学習院院長兼華族女学校校長となるなど、技術・教育関係の役職を歴任。その後は外交官に転じる
・明治22年(1889) 6月 3日 駐清国特命全権公使を拝命し、11月に着任
・明治26年(1893) 7月   朝鮮公使を兼任し、翌年 6月には朝鮮へ赴任。大院君に対して朝鮮の近代化を建言し、朝鮮の反日派から発砲を受けるなど日清戦争開戦直前の困難な外交交渉に当たった
・明治27年(1894)10月11日 公使解任。帰国後の同年11月10日枢密顧問官に転じる
・明治33年(1900) 5月 9日 多年の功により男爵を授けられる
             晩年には、小田原大海嘯で被災したり、息子に相次いで先立たれるなどの不幸に見舞われた
・明治44年(1911) 6月15日 神奈川県足柄下郡国府津町の別荘において食道癌のため死去。享年78
--引用・要約;「大鳥圭介」『フリー百科事典・ウィキペディア日本語版』2016.08/25(木)10;11--
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栃木、福島の戊辰戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
栃木、福島の戊辰戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
箱館戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/07)
箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)



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2016.05/18(WED)

維新日乗纂輯.第三
近代デジタルライブラリー




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維新日乗纂輯.第三
例言
・・・
一 大鳥圭介獄中日記
 本書ハ大鳥圭介カ戊辰ノ乱後江戸ノ獄ニ繋カレシ時ノ日記ニシテ獄中僅カニ筆紙ヲ得テ録スル所ナリ甞テ刊行セラレシ事アレトモ明冶初年ニオケル牢獄ノ状態ヲ知ルト共ニ記事マタ世態ニ觸ルヽモノ多ケレハ重ネテ編中ニ収メタリ
・・・
【コマ 212】
大鳥圭介獄中日記

○巳(明冶二年)六月三十日朝東京府着細川候ノ兵隊護送シテ軍務局糺問所ニ至レリ二時間モ糺問所ノ門前ニ待チ居リ其後門内ニ順ヲ遂テ入リシトコロ白洲ト思シキ処ヘ小吏誘連レシニヨリ此ニ榎本始メ四人共並座セシニ砂利ノ上ニ薄キ呉座ヲ敷キタル処ニテ膝痛ミ大ニ困却セリ正面ナル高キ座敷ニ役人三人計倣然ト座シ糺問中揚屋ヘ入レ可申旨申渡シ獄卒トモ直ニ腰ニ細キ縄ヲ附ケ案内スルユヘ之ニ従ヒ立チ上リ行ヘハ揚屋ノ戸口ニ至リ鍵ニテ錠ヲ開キ内ニ入リ見レハ揚屋ハ幾局ニモ分チ多人数群居セリ我等ハ最奥ナル一番ノ室ニ入リタリ室ニ入ルトキ小吏共悉ク所持ノ物ヲ改メシニヨリ不得己用意ノ金子幷ニ石筆小刀矢立等ヲ渡セリ夫ヨリ内ニ入リ見レハ四方ハ四谷丸太ノ二重格子ヲ以テ之ヲ囲ヒ畳六畳敷ナレトモ
【コマ 213】
囲ノ内ニ圊ト流シ箱アルユヘ畳ノ処ハ四畳半ナリ此内ニ七人入レラレタリ此牢ハ元歩兵ノ罪人ヲ入レ置タルト種々ノ落書ヲ記セリ其内ニ佛人「コルラシユ」四月廿ニ日入牢ト記セルヲ見テ大ニ驚キ小使ニ尋子シニ「コルラシユ」ハアジロツト船乗組ノ人々ト共ニ此ニ来リ十八日計後出牢セリト其後隣ノ牢其外ノ人々ヲ尋ルニ過半「アジロツト」乗組ノ人ニテ古川小笠原神木隊ノ石井井上其外ナルヨシ聞キ大ニ安堵セリ飯時ニハ竹ノ皮ニ飯ヲ包ミ沢庵ノ切カケタルヲ一片附ケ小使持来レリ因テ七人トモ之ヲ喫ス然レトモ四方暗ク未タ残熱モ甚シキユヘ精神無聊何レモ少許ツヽ食シテ終レリ予甞テ舶来ノ虎ヲ見シコトアリ今日ノ姿恰モ見セ物ノ虎カ豹ノ如シ可悲哉本日ハ何ノ用モナキユヘ夜ニ入リ其儘臥セシトコロ蚤ハ肌ヲ侵シ蚊蛟ハ耳ニ響キ安眠スル能ハス翌日ハ小頭ニ頼み生姜日光蕃椒幷ニ紙帳抔買求メ夜分ノ用意ヲ為セリ静座シテハ身体ニ害アリ運動セント欲スレトモ上ニモ言ヘルカ如ク四畳敷ナルユヘ七人座スルトキハ格別ノ運動モ為シ難シ朝飯ノトキハ味噌汁ヲ手桶ニ入レ湯ヲモ桶ニ入レテ持来レリ昨日高座ニアリシ役人ハ小栗(此人元富沢町ニ住居セシ)月岡ノヨシ毎日毎夜無事閑散ニテ或ハ無限憔摡ヲ起シ或ハ昔日ノ癡情ヲ発シ却テ身体ニ害アリト衆議シ小使ニ頼ミ紙ノ将棊盤並ニ駒ヲ求メタリ其外官員録諸侯武鑑幷ニ極内ニテ太政官日誌ヲ買求メリ夜分紙帳ヲ張リ甲ヘハ榎本荒井僕三人臥シ乙ヘハ松平相馬両人丙ヘハ永井松岡両人入リ眠リシトコロ未タ残暑烈敷殊ニ圊ハ臭ク枕ハ無シ紙帳ノ内寝苦シキユヘ又這出シ風ヲ煽入シ漸々夢ヲ結ベリ此牢屋ハ予カ一昨年歩兵頭タリシ折歩兵取締ノ為メ建立セル者ナリシカ図ラスモ今我身ヲ窘迫セシムル獄トナリタリ己ヨリ出ツルモノハ己ニ反ル理ナルカ一笑ヲ催セリ此牢ノ建法ハ五局ニ分チ一番ハ我等ノ所領トナリテ上ニ所記ノ如シ二番ハ一番ト同様ナリ三番ハ格子一重ナルカユエ一番ヨリモ明ニシテ畳数モ十三畳ナリ四番五番モ三番ト一般ニシテ南北格子ニテ東西ハ隔板アリ隔板ノ間空隙アルユヘ談話ハ勿論小キ品
【コマ 214】
物ハ互ニ相通スルコトヲ得ルナリ・・・
(続く)
--引用;維新日乗纂輯.第3(大正5年5月25日発行/編輯者・岩崎英重/発行者・日本史籍協会、早川純三郎)--



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2014.06/08(SUN)

徳川義臣傳 近代デジタルライブラリー
大鳥圭介




栃木、福島の戊辰戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
栃木、福島の戊辰戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
箱館戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/07)
箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)

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明治/戰記 徳川義臣傳 岡田霞船編・金松堂、1883
 明治十六年 十月三日 出版御届
 同    十一月   出版
 編輯人  東京府平民 岡田良策/淺草區淺草西三筋町三十四番地
 出版人  東京府平民 辻岡文吉/日本橋區横山町三丁目二番地
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大鳥圭介
[近代デジタルライブラリー]徳川義臣傳・甲、コマ番号〈9/31〉(引用)

大鳥圭介ハ歩兵頭なり其性剛強博学非凡精兵を率ゐて江戸を脱し結城の城を陥し進んで宇都宮城を抜き官軍為めニ破るヽ事數十度ニ及び諸藩大鳥の指揮ニ驚くといふ夫れより日光ニ畄ります/\兵を諸方ニ出し又會津ニ落て大隊長となり奥州一敗の後ハ函館ニ到り榎本松平等の諸士謀り屢々官軍をなやまし降りて後ハ工部省ニ奉職し今ハ従四位勲二等ニして元老院議官なり

水や空 そらや水とて 見へわかぬ かよひてすめる 秋の夜の月

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〈徳川義臣傳〉
大鳥圭介(2014.06/08)
秋月登之助(2014.06/10)
松平太郎(2014.06/13)
松平肥後守(2014.07/23)
松平越中守(2014.08/31)
丹羽左京太夫(2014.08/31)
牧野越中守(2014.09/01)
板倉伊賀守(2014.11/22)
土方歳三(2014.11/23)
榎本和泉守(2014.11/25)
大久保一翁(2015.07/24)
勝安房守(2015.07/25)
永井玄蕃(2015.07/25)



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2013.10/14(MON)

評伝/大鳥圭介 威ありて、猛からず
高橋哲郎




栃木、福島の戊辰戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
栃木、福島の戊辰戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
箱館戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/07)
箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)

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評伝・大鳥圭介/威ありて、猛からず
著者;高崎哲郎
発行;鹿島出版会
   二〇〇八年四月二〇日
以下、帯&カバーから

幕末から明治維新を駆け抜けた偉才・日本近代工学界の父-大鳥圭介-
     *
〈敗軍の将〉旧幕臣・大鳥圭介は、近代日本の「工業教育の父」「高級外交官」として不死鳥のようによみがえった。これまで重視されなかった大鳥のテクノクラート(高級技術官僚)の側面にも光をあてた初の力作評伝
     *
大鳥圭介は、日本の蘭学者、幕臣、官僚である。天保三(一八三二)年、兵庫県に医師の子として生まれ、青年期に漢学、蘭学、西洋医学、そして江戸に出て西洋軍学を学ぶ。その後、幕府の歩兵奉行にまでとりたてられた。戊辰戦争では榎本武揚らとともに函館五稜郭で抵抗するが降伏し、投獄される
明治五(一八七二)年に出獄後、その見識が高く評価されて新政府に出仕し欧米を視察。帰国後は高級技術官僚として工部省などで産業の近代化に貢献した。工部大学校長、元老院議官などを歴任し、明治十九(一八八六)年に第三代学習院院長となる。明治二二(一八八九)年に清国公使として赴任し、朝鮮公使を兼任。日清戦争開戦直前の外交交渉にあたった偉才である
本書は、五稜郭の〈敗戦の将〉が、激動する文明開化の中で剣をペンに持ちかえて、その半生を日本の産業・工業の発展に捧げた、不撓不屈の魂、知識人としての大鳥圭介の生き様に光をあてた評伝である
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著者紹介
高崎哲郎(たかさきてつろう)

一九四八年 栃木県生まれ
NHK記者、帝京大学教授、東工大などの非常勤講師を歴任。独立行政法人土木研究所と財団法人河川環境管理財団の客員研究員を経て、独立行政法人水資源機構の客員教授。作家、土木史研究家

目次

 プロローグ  創造の夜明け ---- 工部大学校開校
 第一章    旅立ちの朝 ---- 医家か、儒家か、それとも
 第二章    激震の予兆 ---- 医学を捨て、兵学を取る
 第三章    激浪の沖へ ---- 兵学者から幕臣そして幕府歩兵奉行へ
 第四章    紅蓮の炎、あがる ---- 仏式軍隊訓練、鳥羽・伏見の戦、幕府崩壊
 第五章    常在戦場① ---- 江戸脱出、総州・野州路を紅く染めて
 第六章    常在戦場② ---- 野州での血戦、戦雲は暁の空に広がり
 第七章    常在戦場③ ---- 野州から会津へ、暗雲は北に流れて
 第八章    常在戦場④ ---- 会津から蝦夷地へ、暗雲は急を告げて
 第九章    常在戦場⑤ ---- 蝦夷地から牢獄へ、敗北の響きと怒り
 第十章    〈敗軍の将〉の再生 ---- " 皆一場の夢なり "
 第十一章   〈敗軍の将〉、太平洋を渡る ---- " 一生に国是二つ "
 第十二章   工作を開く道しるべとならん ---- " 百工ヲ勤ム "
 第十三章   一身にて二世を経る ---- 外交官、日清戦争、そして男爵
 エピローグ  不死鳥は舞う ---- " よしもあしきも夢の一ふし "

 あとがき



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2013.10/12(SAT)

大鳥圭介 まんが栃木の歴史




栃木、福島の戊辰戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
栃木、福島の戊辰戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2013.12/01)
箱館戦争 1/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/07)
箱館戦争 2/2 南柯紀行/大鳥圭介(2014.10/09)

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 画像は「まんが栃木の歴史」から、その一カットを引用した
 旧幕府軍伝習隊小川町大隊600人をはじめとする総勢約2000人を率いた大鳥圭介が、江戸から日光を目指す場面である。容姿を見ると豪放磊落っぽいが、これに沈着冷静な面も持ち合わせていたなら申し分無い。歳相応には見えないが、これはこれで好ましい..^^;)
 圭介、この時36歳
 立派な白髭をたくわえた肖像写真(70歳前後か)があるが、その白髭がまだ黒かったとしたら、或いはこんな風であったかとも思う
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まんが 栃木の歴史
4 崩れ行く封建体制(江戸時代中期~明治維新)
原案執筆;まんが栃木の歴史刊行委員会
  漫画;小林浩道
  脚本;滝沢忠義・小林浩道
1991年 2月 2日、下野新聞社発行
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宇都宮城の攻防Ⅰ(2012.05/28)
宇都宮城の攻防Ⅱ(2012.05/30)



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