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2013.04/16(TUE)

勢至堂峠(せいしどうとうげ)




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写真;〈会津領藩境表石〉勢至堂峠・郡山市三代と須賀川市勢至堂境辺り
2013.04/16

 峠は郡山市湖南町三代と岩瀬郡長沼町大字勢至堂との境界にある。海抜732m、会津から中通りに出る湖南七峠の一つ。勢至菩薩を祀った光風堂があったことから勢至堂といわれた
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 天正18年(1890)秀吉の命を受けた伊達政宗が幅三間の街道として整備したことで、白河に通じる交通の要路となった
 会津藩主の参勤交代の折にも使用されたといい、峠、南下の勢至堂村には本陣、旅籠もあって賑わったという。現在、標高658m付近に勢至堂トンネル(全長1147m)が開通して、容易に峠越えが出来るようになった
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 三代側からこの勢至堂トンネルに至ると、トンネル入口の上方に旧街道があり、入口左に付けられた階段を登ると旧街道に出る
 わずかに残った道跡をたどって行くと広場があり、ここには会津藩公認の茶屋があったという。その少し奥まったところには
是より西北会津領
と刻まれた藩界表石がたっている
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向って右案内標柱(正面、裏、左、右)

太閤の道の藩界表石 市文化財指定(申請中)
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発見復旧二周年記念 平成九年六月吉日
          湖南町史談会建
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豊臣秀吉 天正十八年(一五九〇年)八月八日、長沼城カラ会津ヘ
勢至堂柏木家先祖墓碑銘、延宝二(一六七四)96才没天正中隨父拝太閤
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新編会津風土記文化六年(一八〇九年)道ノ右ニ表石ヲ立テ是より西北会津領ト刻メリ又道ノ左ニ茶屋アリ此峠ハ安積岩瀬二郡ニ跨リ絶頂ヲ限トス守山領勢至堂村ニ踰(コユ)ル坂ナレハ勢至堂峠ト称ス
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向って左案内標柱(正面、裏、左、右)
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この表石を立てた時、元禄十二(一六九九)十月二十二日
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三代旧御本陣二瓶家古文書より
石方と人足(若者)十数人、郷頭・肝煎立会
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湖南町史談会建
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平成十四年六月、発見復旧七周年
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