カテゴリ:栃木市( 2 )

2016.05/24(TUE)

太平山と水戸天狗党 栃木市太平山




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↓写真;2016.05/22・太平山神社参道
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元治元年(1864)
・ 3月27日
 小四郎は山国兵部(二百石)及び田丸稲之衛門(水戸町奉行、二百石、山国兵部の弟)を総師に仰ぎ、挙兵派の同志百七十名と共に城下西南四十キロの筑波山で攘夷決行の旗を掲げた
・ 4月 6日
 まず、徳川家康を祀る日光東照宮の確保を図ろうと、三河譜代の宇都宮藩戸田家に参与工作をするも失敗し、日光山でも奉行の小倉但馬守に阻まれて果たせず。周辺には北関東十余藩の軍兵二千余が展開した
( 4月中頃)
 日光では廟所参拝だけをすませ、野州南部の名山太平山山頂付近の蓮祥院に本陣を構え、ここで田丸や小四郎、田中愿蔵らは猛烈な募兵と軍資金調達を行う。隊士は二千人以上になったが、献金を拒絶した栃木宿に火を放って焦土と化す(愿蔵火事)など各地で悪名を残した
( 6月初め)
 田丸や小四郎等幹部は全軍に筑波への帰還を命じたが、田中愿蔵率いる赤城隊三百名はこれに従わず、以降独自の行動をとることとなる
・・・
--引用、要約;「北関東会津戊辰戦争」島遼伍--
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※ 蓮祥院 もとは太平大権現社の別当寺院として山上にあったが、明治期の神仏分離令により山上から下ろされ、明冶38年、現在の地に本堂・六角堂が建立された

1 天狗党挙兵(2012.11/06)
田中愿蔵の墓(2015.03/18)



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2016.05/22(SUN)

水戸天狗党鎮魂碑 栃木市太平山謙信平




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水戸天狗党鎮魂碑
栃木市太平山/謙信平
茶店が並ぶ謙信平、その南側に水戸天狗党鎮魂碑がある
懐昔勤王士 義旗此地揚 方今頼無事 題石米元章
(おもう、むかし勤王の士 義旗をこの地にあげ 方今よりて無事 石に題す)
 紀元二千五百四十一年六月二十四日太平山□遊者
 秋月種樹・・・
と刻まれた碑は、明治14年(1881)6月に来栃した日向国(現宮崎県)高鍋藩主の世子、秋月種樹(あきつきたねたつ)が地元有志と太平山に回遊した際に発起人となり立てた石碑である
--引用、要約;栃木市観光協会hp--
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太平山神社本殿
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 関東十勝地のひとつ太平山は標高343メートルあり、山頂近くの謙信平からの眺めはすばらしく「陸の松島」と言われています
 また太平山神社は平安初期慈覚大師により創建されたと伝えられています
--引用;現地案内板--
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謙信平
 戦国時代の頃、関東平定を競い対立した越後の謙信と小田原の北条氏康は、当時の大中寺住職虎渓和尚の斡旋により、永禄十一年(1568)九月、大中寺において和議を結んだ
 その後、上杉謙信は太平山に登り、兵馬の訓練を行い、太平山の上から南の関東平野を見渡し、あまりの広さに目を見張ったという故事から「謙信平」の地名が生まれたといわれる
     栃木ライオンズクラブ
--引用;現地案内板--
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1 天狗党挙兵(2012.11/06)



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