カテゴリ:宇都宮市( 34 )

2018.01/16(Tue)

明神の井 宇都宮市、二荒山神社




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写真;2018.01/10

--以下、現地の案内板から--
明神の井
宇都宮の名所七木七水八河原の一つで代表的な由緒深い「明神の井」をこのたび復興致しました。この井戸にまつわる伝承は数多く残されており、明治天皇が明治四十二年十一月那須野ケ原大演習の折当地に行幸がありこの井水を以って湯茶を献ったと伝えられております。この井戸水は御神水で霊水でありますので、御手水にあるいは神棚に供える御水にまた書道等の技芸の水に御使用になると上達すると言う信仰があります。お持ち帰りになり、御神徳を戴かれるようお奨めします
  二荒山神社社務所
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ニ荒山神社(2013.11/20)



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2018.01/12(Fri)

幕末の宇都宮へタイムスリップ 宇都宮市




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200 円の缶バッジを購入すると、このマップが付いてきた(宮カフェ)。表紙下部に記載の「常念寺、彰義隊数士之墓 碑文より」についてマップ面に次の記載あり
※ 「宮カフェ」は宇都宮市のアンテナショップ/宇都宮市江野町 2-11

彰義隊数士之墓
5 常念寺
元々城内にあった彰義隊数士之墓が、明治27年亀郭の建設に伴いこの寺内へ移された。実際の被葬者は第2次宇都宮城攻防戦時に付近で戦った御料兵と思われる
碑文
数士姓名不詳戊辰夏戦死此地里人埋之今已七年為樹□何以□改恨□慰幽魂也
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宇都宮城の攻防Ⅰ(2012.05/28)
宇都宮城の攻防Ⅱ(2012.05/30)



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2018.01/10(Wed)

羽黒山神社 宇都宮市今里町 1444(上河内)




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--以下、現地の案内板から--
市指定有形文化財第一号
  羽黒山神社本殿
 うがの みたまのみこと
 稲倉魂命を祀る羽黒山神社(明治初期まで「羽黒山大権現」)は、近郷十八郷の総鎮守としてまた、神仏混淆の修験道場として、多くの信者から長年にわたって崇敬されていた
 創建については、諸説があるが康平年中(1058~1065)に、藤原宗円(宇都宮宗円)が宇都宮城の築城に際し、祈祷修法中に出羽三山との関連を意識し勧請されたものとされている(羽黒山は古くは河内山と称す)
 現在の本殿の造営は、文政十三(末)年(1830)に大工棟梁、山本飛騨(高根沢住)力持ちその他の精巧な社の彫刻は、神山政五郎(鹿沼住)の作である
  宇都宮市教育委員会/羽黒山神社
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  ロウバイ
 ロウバイが咲き始めていた



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2018.01/10(Wed)

蒲生神社 宇都宮市塙田五丁目 1-19




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写真;2018.01/10
※ 2008年より当地の出身とされる初代横綱、明石志賀之助に因み少年相撲大会が行われているそうだ
--以下、現地の案内板から--
蒲生神社
 御祭神 蒲生君平
 御祭神蒲生君平先生は会津城主蒲生氏郷を祖として明和五年宇都宮に生まれた
 幼少より父祖の功業に発憤し学業に専念、特に太平記を愛読して忠誠の志を養った
 林子平、高山彦九郎らと共に寛政の三奇人として知られる。藤田幽谷、滝沢馬琴、山本北山、平田篤胤らと交わり深く歴代天皇の御陵の荒廃を嘆き、その復興を志して、西国の皇陵を探査修復し山陵志、職官志、不恤緯、今書 女誡国字解、皇和表忠録など、精神文化の上に不滅の偉業を樹て文化十年四十六歳江戸(東京)で没した
 明治天皇は特に先生の勲功を認められ明治二年藩知事戸田忠友をして旧宇都宮市街地入口南新町に先生の勅旌碑を建てさせ、さらに明治十四年特者を以って正四位を追贈せられた
 神社参拝の各位は君平先生の崇高なるその偉業を讃えて参拝の誠を捧げられたい
 平成十三年七月五日
 蒲生神社奉賛会
     *
蒲生君平顕彰碑(二荒山神社)(2013.11/20)
蒲生氏郷公の肖像(興徳寺)(2015.09/04)
蒲生氏郷公墳墓之地(興徳寺)(2015.09/04)
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--以下、現地の説明板から--
蒲生神社
学問の神 御柱(おんばしら)
 日本では古来より、大きな柱(御柱)を奉り神様にお願い事をして参りました。この「学問の神御柱」は当神社の学問の神様(蒲生君平)に、皆様の学業向上をお願いする「御柱」です
 この「御柱」の横穴に筆記用具を見事に一度で通してください(難問を通り抜ける)
但し、自分の目線より高い横穴に通してください(夢も希望も大きく、そして目標はより高く)
  学問の願いは蒲生神社が叶えてくれるでしょう
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2016.03/04(FRI)

宇都宮藩・宮沢治部介墓 宇都宮市材木町6-11・観専寺




宇都宮藩(下野・七万一千石・戸田氏・譜代)
宮澤治部介久知墓
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写真;2016.03/04


・宮沢治部介 明治元年九月十五日会津田島で戦死/四十一歳/現地慈恩寺に首を埋め、のち宇都宮・観専寺に改葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
官軍/戰死十九人墓(2014.03/28)

稲木山観専寺
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写真;2016.03/04



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2016.03/04(FRI)

宇都宮藩・山口弥太郎、中居直記、原要之助墓 宇都宮市材木町5-15・安養寺




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宇都宮藩(下野・七万一千石・戸田氏・譜代)

山口弥太郎墓
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・山口弥太郎 明治元年八月三十日会津倉谷村桜山で傷、九月十八日死/三十一歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

中居直記墓
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・中居直記  明治元年九月二日会津関山村で戦死/二十二歳/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

原要之助墓
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・原要之助  明治元年八月三十日会津倉谷村で戦死/二十二歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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2016.03/04(FRI)

土佐藩・高橋喜佐冶墓 宇都宮市材木町5-15・安養寺




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土佐藩(土佐・二十四万ニ千石・山内氏・外様)
・高橋喜佐冶 足軽(徒士とも)/迅衝六番隊/長岡郡池村の人/明治元年五月六日下野今市で傷、十九日宇都宮で死/二十七歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

安養寺
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2015.12/28(MON)

大澤富三郎墓 宇都宮市塙田1丁目3-3・慈光寺




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写真;2015.12/27

大澤富三郎墓

墓碑表に
忠誠院功山義道居士
墓碑左に
 ほとんど判読出来なかったのだが、大澤富三郎と刻されていたのがやっと読めた

宇都宮藩〈下野・七万一千石・戸田氏・譜代〉
 ・大沢富三郎 明治元年九月一日会津大内峠で戦死/四十二歳/宇都宮慈光寺に葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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慈光寺
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間瀬半八郎墓(慈光寺)(2015.03/06)



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2015.12/28(MON)

宮の細道 --おたりや堂-- 宇都宮市馬場通り・二荒山神社




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写真;2015.12/28
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以下、現地の案内板から

宮の細道 おたりや堂 三番
 十二月十五日は冬の神、一月十五日は春の神として氏神様がこのおたりや堂にお出ましになり、田楽をご覧になり、その後氏子内を巡られる「おたりや」にとって重要なところです。
 この日、どんど焼きが二荒山の境内で行われ、古い縁起物・お札などが燃され、その火に当たると風邪をひかないと言われる。
     宇都宮東ロータリークラブ
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2015.12/27(SUN)

矢島佐吉、高木次郎、雨宮良之助の墓 宇都宮市宮町2-10・能延寺
 能延寺の墓地は二か所に別れており、戦死墓があるのは本堂とは道路を挟んだ反対側、塀に囲まれた中にある(向って左に矢島佐吉・中央に高木次郎・右に雨宮良之助の三基が並んである)




矢島佐吉墓
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彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・矢島佐吉  徒士/銃手組渡辺九郎右衛門隊/明治元年四月十七日下野小山で戦死/二十二歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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高木次郎墓
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彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・高木次郎  釟太郎とも/徒士/渡辺九郎右衛門隊/明治元年四月十七日下野小山で戦死/三十六歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
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雨宮良之助墓
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彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・雨宮良之助 徒士/明治元年四月十六日下野小山で戦死/二十六歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

栃木、福島の戊辰戦争 1/2(2013.12/01)

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能延寺
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