カテゴリ:宇都宮市( 30 )

2016.03/04(FRI)

宇都宮藩・宮沢治部介墓 宇都宮市材木町6-11・観専寺




宇都宮藩(下野・七万一千石・戸田氏・譜代)
宮澤治部介久知墓
c0185705_21195764.jpg

写真;2016.03/04


・宮沢治部介 明治元年九月十五日会津田島で戦死/四十一歳/現地慈恩寺に首を埋め、のち宇都宮・観専寺に改葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
官軍/戰死十九人墓(2014.03/28)

稲木山観専寺
c0185705_21203081.jpg

写真;2016.03/04



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2016.03/04(FRI)

宇都宮藩・山口弥太郎、中居直記、原要之助墓 宇都宮市材木町5-15・安養寺




--------------------
宇都宮藩(下野・七万一千石・戸田氏・譜代)

山口弥太郎墓
c0185705_19195949.jpg

・山口弥太郎 明治元年八月三十日会津倉谷村桜山で傷、九月十八日死/三十一歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

中居直記墓
c0185705_19231848.jpg

・中居直記  明治元年九月二日会津関山村で戦死/二十二歳/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

原要之助墓
c0185705_939362.jpg

・原要之助  明治元年八月三十日会津倉谷村で戦死/二十二歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
--------------------



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2016.03/04(FRI)

土佐藩・高橋喜佐冶墓 宇都宮市材木町5-15・安養寺




--------------------
c0185705_1536638.jpg


土佐藩(土佐・二十四万ニ千石・山内氏・外様)
・高橋喜佐冶 足軽(徒士とも)/迅衝六番隊/長岡郡池村の人/明治元年五月六日下野今市で傷、十九日宇都宮で死/二十七歳/宇都宮・安養寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

安養寺
c0185705_16273372.jpg

--------------------



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.12/28(MON)

大澤富三郎墓 宇都宮市塙田1丁目3-3・慈光寺




c0185705_2128392.jpg

写真;2015.12/27

大澤富三郎墓

墓碑表に
忠誠院功山義道居士
墓碑左に
 ほとんど判読出来なかったのだが、大澤富三郎と刻されていたのがやっと読めた

宇都宮藩〈下野・七万一千石・戸田氏・譜代〉
 ・大沢富三郎 明治元年九月一日会津大内峠で戦死/四十二歳/宇都宮慈光寺に葬/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
--------------------
慈光寺
c0185705_212940100.jpg

--------------------
間瀬半八郎墓(慈光寺)(2015.03/06)



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.12/28(MON)

宮の細道 --おたりや堂-- 宇都宮市馬場通り・二荒山神社




c0185705_8482879.jpg

写真;2015.12/28
--------------------
以下、現地の案内板から

宮の細道 おたりや堂 三番
 十二月十五日は冬の神、一月十五日は春の神として氏神様がこのおたりや堂にお出ましになり、田楽をご覧になり、その後氏子内を巡られる「おたりや」にとって重要なところです。
 この日、どんど焼きが二荒山の境内で行われ、古い縁起物・お札などが燃され、その火に当たると風邪をひかないと言われる。
     宇都宮東ロータリークラブ
--------------------



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.12/27(SUN)

矢島佐吉、高木次郎、雨宮良之助の墓 宇都宮市宮町2-10・能延寺
 能延寺の墓地は二か所に別れており、戦死墓があるのは本堂とは道路を挟んだ反対側、塀に囲まれた中にある(向って左に矢島佐吉・中央に高木次郎・右に雨宮良之助の三基が並んである)




矢島佐吉墓
c0185705_19391651.jpg

彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・矢島佐吉  徒士/銃手組渡辺九郎右衛門隊/明治元年四月十七日下野小山で戦死/二十二歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
--------------------
高木次郎墓
c0185705_19412775.jpg

彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・高木次郎  釟太郎とも/徒士/渡辺九郎右衛門隊/明治元年四月十七日下野小山で戦死/三十六歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
--------------------
雨宮良之助墓
c0185705_20263260.jpg

彦根藩(近江・二十五万石・井伊氏・譜代)
 ・雨宮良之助 徒士/明治元年四月十六日下野小山で戦死/二十六歳/宇都宮能延寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

栃木、福島の戊辰戦争 1/2(2013.12/01)

--------------------
能延寺
c0185705_200319.jpg




■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.08/30(SUN)

前田雀郎句碑 宇都宮、二荒山神社




c0185705_14445615.jpg

写真;2013.11/19
--------------------
以下、現地の案内板から
まえだ じゃくろう
前田雀郎句碑

     夢の中 古里人は 老いもせず

 雀郎は、名前を源一郎といい、明治三〇年二荒山の眼下であった相生町の足袋商前田屋の長男として生まれた
 若くして川柳の道に入り、宇都宮市立商業学校卒業後上京して講談社に入社、のち都新聞社に移り、都柳壇の選者となる一方、古俳諧の研究につとめ「俳諧と川柳」、「柳多留序文の研究」等の研究書を刊行し川柳の正しい在り方を示した
 昭和十九年戦火を避けて宇都宮に疎開し、県内において川柳の普及と指導に務め、昭和二七年下野新聞に柳壇が設けられるや選者となり、同年栃木県文化功労者に選ばれた
 昭和二九年再上京し、同三三年「川柳探究」を刊行し、川柳の進む道を世に問うた
 このようにして、全国的な川柳家として活躍した雀郎であったが、昭和三五年病を得て急逝した。享年六二であった
     宇都宮観光コンベンション協会
     宇都宮雀郎会
--------------------



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.03/06(FRI)

間瀬半八郎墓 宇都宮市塙田1丁目3-3・慈光寺




c0185705_21423634.jpg

写真;2015.03/06
--------------------
宇都宮藩(下野・七万一千石・戸田氏・譜代)
間瀬半八郎 定孝
           明治元年九月一日会津大内峠で傷、四日死/二十九歳/宇都宮・慈光寺に墓/靖国

※ 慈光寺には外に次の墓碑が有るようで、それなりに探したが見付けられず!
・井上乾次郎 豊高  一番隊/明治元年六月二十六日下野藤原村で傷、七月三日死/十八歳/宇都宮・慈光寺に墓/靖国
・安形靭負太郎 信敏 半兵衛の長男/明治元年六月二十六日下野藤原村で戦死/十八歳/宇都宮・慈光寺に墓/靖国
・彦坂孝次郎 興譲  孝二郎とも/明治元年八月三十日会津倉谷村で戦死/二十二歳/宇都宮・慈光寺に墓/靖国
・藤代信蔵 伯久   星野姓も/明治元年九月二日会津関山村で戦死/十八歳/宇都宮・慈光寺に墓/靖国
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--

大内峠(2013.07/26)
--------------------
慈光寺 赤 門
c0185705_16203525.jpg

■ 赤門大復興之碑
赤門大復興の再興にあたり、赤門本体の心臓部に奉納した梵鐘には、時空を越えてその想いを伝承してくれる事を念じ、左記の文言を刻み残した

慈光寺開山五百年に赤門大復興記念梵鐘を奉納するにあたり、この梵鐘の雅なる響きが、御霊安らかに、また衆生に願いと心静寂を与え給わん事を
赤門・梵鐘 共にこの宇都宮市の新たなる地域社会への発展と貢献に寄与し、次なる歴史を歩んでくれる事を念じて

  下野国 大悲山 無縁院 慈光寺
       第三十二世 讃譽祥雄 代
       維持 平成二十年八月十六日



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2015.01/11(SUN)

桑名藩七名墓 宇都宮市西原1丁目 4-12・光琳寺




c0185705_19381445.jpg

写真;2015.01/10(合成)
--------------------
戊辰の役幕府軍桑名藩士之墓

墓碑表に
 小 高 岡 不 神 岩 笹
 林 見 鉦 破 山 崎 田
 権 民 三 弾 金 弥 銀
 六 蔵 郎 蔵 次 五 次
 郎     郎 郎 郎
      墓


とあり、旧幕府軍に所属した桑名藩兵士の墓である

桑名藩〈伊勢・十一万石・松平氏・家門〉
 ・笹岡銀次郎 馬廻/幕府新士官隊に属し、明治元年四月十九日宇都宮で戦死/二十七歳
 ・岩崎弥五郎 幕府新士官隊に入り、明治元年四月十五日宇都宮付近で戦死/二十三歳
 ・神山金次郎 幕府新士官隊に入り、明治元年四月十九日下野安塚で戦死/二十三歳
 ・不破弾蔵  明治元年四月十五日宇都宮付近で戦死/二十五歳
 ・岡正三郎  雄五郎伜/幕府新士官隊に入り、明治元年四月十九日宇都宮で戦死/二十三歳
 ・高見民蔵  幕府新士官隊に入り、明治元年四月十五日宇都宮付近で戦死/二十六歳
 ・小林権六郎 緒形石見家士喜七の二男/幕府新士官隊に入り、明治元年四月十六日宇都宮付近で戦死
--引用;幕末維新全殉難者名鑑--
--------------------
栃木、福島の戊辰戦争 1/2(2013.12/01)
官軍因州藩士之墓(2014.10/03)



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]
2014.12/11(THU)

戊辰戦死墓 宇都宮市西川田本町 9-34・光音寺




c0185705_1744894.jpg

写真;2014.12/11(合成)
--------------------
戊辰戦死墓

 安塚の戦争で戦死した(東軍)兵士の墓であろうが、被葬者は不明である。地元の人達によって葬られたと云う
栃木、福島の戊辰戦争 1/2(2013.12/01)←壬生、安塚の戦い
--------------------
光音寺
c0185705_22581047.jpg

写真;2014.12/11



■ リンク
・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

[PR]