(ニ)脱藩軍の蝦夷侵略戦

2016.02/24(WED)

慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史  蝦夷の巻(第三巻)/脱藩軍団の蝦夷侵略
近代デジタルライブラリー




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↑写真;著者佐藤浩敏
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【コマ 415】
蝦夷の巻(第三巻)/脱藩軍団の蝦夷侵略
(ニ)脱藩軍の蝦夷侵略戦
 蝦夷の十月は冷気満ちて、高山既に葉は落ちたり。細雨粛々二十一日未明より降り起す雨路を辿りて、脱軍は進撃を開始す。人見勝太郎、本田幸七郎
【コマ 416】
は、榎本の命に依り、蝦夷国開拓使清水谷公に、来意を述べんと、守兵三十人を率ゐて、五稜郭に向ひ、大鳥圭介は、大川正太郎、瀧川充太郎等を従ひて、函館に進撃し、土方歳三は、春日左衛門、星忠狂等を従ひて、川吸峠を進んで、等して函館に向ふ。
 十月二十二日、人見勝太郎等は、いよ/\大野村に到れば、弘前藩を先鋒とせる蝦夷の守備兵は、突如として来り是を襲ふ。砲声ほのかに轟き、早くも大鳥圭介の耳に伝はれは、急ぎ是を援け、弘軍を撃つて是を走らす。さる程に、土方歳三の一軍は、更に池田大隅守の彰義隊を加へて、七重浜に疾風迅雷す。されど此所は五稜郭本営の要塞地とて、秋田、弘前、小倉、松前、福山の諸軍の虎視を張る所、守備巌として動かず、砲戦数時に亘るも、土方遂に抜く能はず。さる程に、西軍の突撃起りて、土方、将に悲鳴を挙げんとす。此時に當りて、隊長大岡甲太郎、会津遊撃隊長諏訪常吉等は、三十人の抜刀士と共に、敵中に乱入するに至れば、其余の兵は意気大に振ひ、みな勇み勇んで奮撃突戦。西軍、遂に辟易して函館に逃げ来る。茲に於て、開拓使函館府知事は、普露西国の蒸気船に乗つて、逸早く弘前に遁れ、其余の諸軍は、総指揮官井上岩見と共に、英国汽船に乗つて、みな青森に走れり。而して函館府判事堀直五郎は、東京に急行して、蝦夷国の事変を報ずるにあり。
 脱軍、函館を領し、五稜郭を検聞して、こヽに総軍を駐屯し、同時に松前藩の降服人櫻井恕三郎と云ふ者を使者と為し、書を松前藩に送つて、和親を媾せんとす。然るに松前藩に於けるや、事もあるべきに、降服人を使者に使役するは、一も二も無く我松前藩の家柄を侮辱したるものと為し、一撃の下に櫻井を殺し、而して戦備を整ひて、態度頗る猛然たるものあり。されば□報に依りて、脱軍も大に怒り、然る上は兵力を以て、是非を決する所なかる可らずと。開陽、神速、蟠龍の諸艦を、白津洋より松前に向はしめ、更に陸軍は二十八日を以て、いよ/\五稜郭を発し、十一月一日には、早くも尻内に進みて、こヽに松前兵と接戦起り、烈戦奮闘、遂に松軍を砕きて、進撃益々急なり。
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(以下、略)
--引用・要約;「慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史」/近代デジタルライブラリー--
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慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史(目次)(2016.02/22)



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by mo20933 | 2016-02-24 11:14 | その他>その他 | Comments(0)