品海脱走の本意

2016.02/23(TUE)

慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史 蝦夷の巻(第三巻)
近代デジタルライブラリー




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↑写真;「開陽丸」/1867年頃
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【コマ 411】
蝦夷の巻(第三巻)
品海脱走の本意
 徳川海軍を脱走せしめたるのは、疑うべくなく榎本武揚の所業なり。元来榎本は、軍艦奉行勝安房と共に、慶喜の麾下として、徳川の海権を総督する所にして、方今の時局に處し、薩長の所業を望み見ては血湧き、肉躍りて慨然として胸中騒々たる所とは雖も、身は素より徳川の麾下として、主君の身の上確定せざる間は、宗家の安危今や不安と不憫に、後足曳かるヽ心地して、意中の活躍も黙々の裡に憂苦を忍びつヽ、薩長とも附かず、佐幕とも附かずして、歩騎砲の幕府三兵隊、新撰組、彰義隊の敗士を始め、諸多浪人を統括鎮撫して品総の間に浮動し、而して来るべき時運を待ちつヽ、先年注文の甲鉄艦、米人の未だ政府に引渡前に、是を横奪せんと待つもの。
 然るに徳川宗家も、今や駿遠奥七十万石として、駿河藩の賜封あり。素より大将軍の没落としては、案外寡少の処遇なるべしと雖も、宗家を維持するには余りあり。されど宗家の立場も愈確定したるも、今日まで養ひ来りし家臣幾十万の運命は、向後如何に成り行くか、其予測する能はざる所に、杞憂は交々湧き出でたり。徳川歴代家臣の処分は、榎本をして熟慮せしめ、甲鉄艦の失望は、断行の期と為り、茲に於て、榎本は□然宗家と絶縁し、駿河藩脱人として、身は無責任なる天下の浪人となりて、以て向来如何なる所業を
【コマ 412】
起すも、断然宗家には迷惑を掛けじと、即ち後顧の慮を絶ちて、愈天下浪人を率ゐて奥羽に呼応し、大に薩長と雌雄を決せむとするにあり。品海脱走の所以茲にあり。嗚呼、美ならずや、榎本の高潔なる志気。
(以下、略)
--引用・要約;「慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史」/近代デジタルライブラリー--
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慶応戊辰奥羽蝦夷戦乱史(目次)(2016.02/22)



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by mo20933 | 2016-02-23 10:47 | その他>その他 | Comments(0)