渡邊信任翁頌徳碑

2012.10/13(SAT)

渡邊信任翁頌徳碑




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母成峠、十六橋の戦い(2012.10/11)
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猪苗代湖の水が灌漑用に供されたのはそのはじめ會津の國主蒲生氏郷が地方民の建言をいれて布藤堰と戸の口堰とを開いたのに始まる
下って明治十五年に安積疏水が設けられてから湖水の利用は飛躍的に盛んになった
利用率の増大は他面爭いの因となる
そこで右の三堰の利用者を福島縣及び電氣業者を誘い合わせて一種の聯盟を結成し利用の公平をはかりあわせて利用方法の改良を期する必要がある
かくして出来たのが猪苗代湖利用聯盟でありこれを□案し今日の盛運に導いた達眼の士が郷土の人渡邊信任翁である
翁は大正十年に安積疏水普通水利組合會議員に昭和四年には同組合常設委員に選ばれて以来挺身奮闘して水位の調整權を確立し湖面低下を斷行して發電力の増強を實現し工業の振興に目覺しい貢献をなした
食糧増産をもって立國の大本とすることは翁の宿志である水利事業の作振に未開墾地の開拓に翁は粉骨砕心すること三十余年その熱意と成果はついに政府の認める所となり昭和十九年十一月三日に藍綬褒章を授けられた
猪苗代湖利用聯盟はゆかりの地であるここ十六橋畔に頌徳碑を建てて翁の遺功をしのぶよすがとする

昭和二十七年六月二十五日 農林大臣廣川弘樿撰 清超金子哲太郎書

※ 勝手に適当なところで改行を加えた
※ 渡邊信任(わたなべのぶとう) 明治19年 -昭和32年、郡山出身

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※ 渡邊信任翁頌徳碑はこの写真(園地?)の左方にある



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by mo20933 | 2012-10-13 09:15 | 会津若松市 | Comments(0)