下野北部の藩

2012.09/27(THU)

下野北部の藩

宇都宮藩、黒羽藩、大田原藩




平成24年(2012)
・ 9月27日
 宇都宮藩、城は落とされ城下は戦火にさらされ焦土と化し、大田原城も落城こそ無かったもののほぼ同様の目にあっている。黒羽藩は奥州と接した位置にあって早い時期から新政府に恭順の意を示していて、近代的装備も備えていた。宇都宮藩は軍備再構築に苦労しながら、大田原・黒羽は小藩でありながらも良く戦いに挑み、転戦につぐ転戦を重ねて、戦線は会津へと向かったのである
 以下、「下野の戊辰戦争/大嶽浩良」を参考にして時系列に概略を記した

関山戦争(2012.09/01)

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慶応 4年(1868)
閏 4月19日 会 津 軍/白河城を占拠する
      新政府軍/伊地知正治指揮の薩摩・長州・大垣・忍藩兵が宇都宮から白河に向け発進
      黒 羽 藩/大田原に着いた新政府軍に敵情を報告し連携する
閏 4月25日 黒 羽 藩/白河城奪還に参戦する
  5月 6日 黒 羽 藩/板垣退助率いる軍に加わり棚倉・三春・本宮・二本松を転戦する
  5月末  宇都宮藩/戦闘の態勢整う
  6月25日 宇都宮藩/藩領船生村の警戒に当たっていた
           佐賀藩兵と連携し大原(藤原町)に陣を構えた会幕軍を攻めるも敗北する
  7月 1日 黒 羽 藩/占領した棚倉領、近隣幕領の民政取締りに就く
  8月   黒 羽 藩/三斗小屋宿への転戦命を受け館林藩と共に追撃
      宇都宮藩/船生村に居て会幕軍の襲撃を受ける(船生村の三集落が焼かれた)
      宇都宮藩・大田原藩・黒 羽 藩/
           この後、宇都宮藩は薩摩藩参謀桐野利明の配下に入り会津街道を北上する
           大田原藩、黒羽藩兵や芸州・佐賀藩兵と共に会津街道を北進、会津若松へ日光口から進攻する役割を担った

  8月27日      横川宿の戦闘の後、山王峠を越えて陸奥国に入り田島村(田島町)を占領した
  8月30日      倉谷村で戦闘
  9月 1日      火玉峠(氷玉峠)で戦闘
  9月 2日 - 3日   関山村の戦闘
  9月 4日      本郷村に進軍(若松城とは僅かな距離となる)
  9月 5日      城から 2キロの飯寺で大川を挟んで対陣し城下への突入を図る
明治元年(1868)
  9月 8日 宇都宮藩/越後の長岡藩兵と遭遇。家老山本帯刀以下14名を捕虜とした
  9月22日 会 津 藩/藩主松平容保降伏
  9月23日 宇都宮藩/帰藩命令を受ける(横川宿に布陣していた)
  9月27日 大田原藩・黒 羽 藩/会津藩の降伏前に帰藩命令を受けていた
           若松城を脱出して帰還中の水戸藩諸生党を片府田・佐良土(湯津上村)で迎撃した

--参考文献;「下野の戊辰戦争/大嶽浩良」--



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・so-netブログ;只今出掛ケテ居リマス

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by mo20933 | 2012-09-27 17:50 | >大田原・黒羽 | Comments(0)